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身に沁みついた習慣よりずっと遅い時間に目を覚まして傍らで寝息を立てる存在を確認し、痛みと引き攣りを感じる下肢を引きずりながら顔を洗いに向かった洗面所でふと鏡に目をやったサカズキは、吼えた。
怒りの原因は言うまでもなく見慣れた威圧的な刺青に重なり、あるいはそこからはみ出して広がる赤い痕である。
痕を付けられたのは初めてではないし、サカズキとて知らぬ間に歯型や爪痕を残してしまうことは多い。
故にその行為自体を咎める気はなかったが、しかし見える場所には付けるなという念押しを破って咲いたそれに関しては話が別だ。
スーツで隠しきれない情痕にサカズキが怒りを覚えるのは当然のことで、それなのになぜ叩き起こされたか理解できないと言わんばかりに惚けた態度をとるアルバにサカズキの苛立ちは増すばかりだった。

「そんなに怒らなくたっていいだろ?ネクタイ締めれば見えないんだしさァ。大体昨日付けていいかって聞いたときはサカズキだって嫌がらなかったじゃん」
「嘘を吐くんじゃァなか!」
「嘘じゃねェし……ああ、ぶっ飛んでたから憶えてないのか。可愛かったぞ、あのときのサカズキ」
「なッ……!」

揶揄うような台詞に言葉を失い、怒りと羞恥で顔が赤黒く染まる。
第三者がいれば慌ててこの場から逃げ出すか、あるいは腰を抜かして逃げることすらできずガタガタ震えていただろう。
しかしアルバはそんなサカズキにも臆することがない。
臆するくらいならこんな関係になどなっていないのだから当然といえば当然だが、このときばかりはそのふてぶてしさが腹立たしくてしかたがなかった。

「そもそもだけど、おれだってずっと胸元隠してくれって言ってるのに、サカズキってばまともに取り合ってすらくれねェじゃん。おれのお願いは聞いてくれないくせに自分だけ主張を押し付けるのっておかしくね?」
「アルバに迷惑はかけちょらんじゃろうが!わしが何をどう着ようがわしの勝手じゃ!」
「はァ?可愛い恋人が仕事の最中に胸元晒して色気振りまいてるのに迷惑じゃないわけないだろ?他の奴が見てるってのもイライラするし集中力切れるしむらむらするし、ああ、迷惑だね、すっげェ迷惑」
「ッそれを言うならおどれが顔を曝しちょるほうがよっぽど迷惑じゃこのアホンダラァ!」

子供じみた自論を語るアルバにカッとなって言い返した直後、ダンッ、と踏みつけた畳が墨と化した。
焦げ臭いにおいの中ぽかんと口を開いたアルバと息を荒げるサカズキの間に沈黙が流れる。
何か。
いま、おかしなことを言ってしまった気が。
はあはあと肩で息をしながら小さく首を傾げるサカズキに、アルバが暫く視線を漂わせたあと「なんか、ごめん」と呟いた。
殊勝な台詞に反し、その顔に浮かんでいるのはどう見たって悪いと思っている人間の表情ではない。
声だって浮ついていて覇気で探るまでもなく適当なのが丸わかりだ。
そんな謝罪で許せるはずがないのに、気恥ずかしげに頬を緩ませるアルバのせいで怒りが上手く纏まらない。
こいつの顔は、ずるい。

「……お前、おれの顔見てむらむらすんの?」

そんなわけがあるか、という言葉は、悔しいことに一音の形にもならなかった。