身体を重ねることはあったが恋人ではない。 セックスフレンドと名乗るのですらフレンドという言葉に申し訳なくなる。 そのくらい乾ききった情もクソもない関係だったから、元バロックワークスのメンバーによる救助の手をクロコダイルが拒んだとき、袂を分かつことに迷いはなかった。 一秒の逡巡もなく「じゃあね」と手を振ったおれに目を見開き苦々しい表情で顔を背けたクロコダイルはあのとき一体何を考えていたのだろう。 まさか、おれがクロコダイルにつきあって地獄の底へ向かうとでも思っていたのだろうか。 単なる性欲処理の相手でしかなかった、このおれが。 おれにはあの捻くれた男が何をどう考えるかなんてこれっぽっちもわからないし、二度と会うこともないだろうから知りようもない。 けれど、あれではまるでクロコダイルがおれを隣に置きたがっていたみたいだなんて、そんなふうに感じてしまったから喉に小骨が引っ掛かったように少しだけ気になった。 その程度だ。 おれとクロコダイルの関係は、その程度だった。 「……なのになーんでこうなっちゃったかなァ」 このまま足洗って静かに暮らしたかったのに、と愚痴をこぼすと隣から即座に「隠居は諦めるんだな」とおれの人生プランへの否定が入る。 入ったばかりでもう監獄暮らしに飽きがきたのか、インペルダウンからの脱獄という護送中に逃げるより難易度が数百段高いことをやってのけたクロコダイルは、ある日突然おれの前に現れたかと思うとせっかく手に入れた平穏を砂嵐のように奪い去っていった。 家を潰され船に連れ込まれ「なにするんだよ」と抗議をすれば「おれのしたいことをだ」と返されて、したいことってなんだと問いただす前に唇を塞がれる。 繰り返すがおれとクロコダイルは身体を重ねることはあっても恋人ではなく、セックスフレンドというほど気心の知れた仲でもない。 それなのに目を白黒させているうちにベッドですらしたことのないキスを二度三度と押し付けられて、ぽかんとした顔で固まったおれをクロコダイルは「間抜け面め」と上機嫌に罵った。 逃がさねェぞ、なんて、にんまり歪んだスカーフェイスのなんと極悪なことか。 「……クロコダイルって案外重いヤツだったんだねェ」 「クハハ!ふわふわ浮ついてやがるテメェにゃ丁度いいだろう」 「否定しないのかァ…」と途方にくれたように呟くとご機嫌な様子で擦り寄ってきていたクロコダイルが楽しげな、いかにもヒールっぽい笑い声をあげる。 結局あの日からおれがクロコダイルに解放されることはなく、周囲の目も憚らず気分次第で唐突に始まる押し付けがましいキスにもすっかり慣れっこになってしまった。 まだこの関係に名前はついていないものの、もし次に揃って海軍に捕まりインペルダウン送りにされることがあるとして、おれはもうクロコダイルを置いては逃げられないような気がしてならない。 |