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魔女の呪いによって氷の城で眠り続けるお姫様を王子様がキスで目覚めさせる。
そんなありきたりな物語にクザンはこれまで何の興味も抱いてはいなかった。
あえて感想を述べるなら『ただ寝ているだけで勝手に事態が好転するなんて羨ましい』という身も蓋もないものになっていただろう。
そんな、クザンの人生とは無縁ともいえるお姫様の気分をあろうことか四十路も過ぎた今になって知らしめたアルバは、物語に登場する麗しい王子様とは正反対の男だった。
髪の毛は寝癖がついておかしな方向に跳ねているし、半端に生えた髭のせいで顎がざらついている。
汗と煙草とアルコールの混じった臭いだって間違ってもいい匂いだと言えるものではない。
どこをとってもときめく要素などありはしないのに、アルバが似合いもしない穏やかな調子で「おはよ」とキスをしてきただけで瞑っていた瞼の裏がカッと熱くなり心臓がひっくり返ったみたいに暴れだしたから大変だ。
耳の奥でバクバクと激しく脈打つ音がする。
至近距離にあるアルバを、見つめ返すことができない。

「クザン、あっついなァ」

両手で頬を挟みながら氷結人間のくせに大丈夫なのかと笑うアルバに、あんたのせいでしょうがと文句を言ってやりたいのに唇が動かない。
文句の代わりに自分でもよくわからない呻き声が漏れる唇を再度戯れのように啄まれて、クザンはもう限界だった。
バキンと音を立てて凍り付いた手の中のシーツが、握力に耐え切れず粉々に砕けて氷の破片へと姿を変える。
能力を暴走させたクザンを、それでも解放しようとしないアルバのにやけ面が腹立たしく、また、心臓が痛くて仕方ない。
くたびれたおっさんのアルバがする目覚めのキスですらこうなのだから王子様の目覚めのキスなんて間違いなく即死ものだろう。
それに耐えきってきちんと目を覚ましたお姫様は本当にすごいと思う。
クザンなら絶対に死んでいた。
現に今、こんなにも死にそうだ。
相手がアルバだからこんなことになっているという事実から目を背け、どうにかこうにか「どいてよ」と唇を動かしたクザンの努力はまたもや降ってきた唇によりあっさりと拒否された。
アルバの声、アルバの顔、アルバの臭い、アルバの、唇。

心臓が、いたい。