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指輪やブレスレット、腕時計。
見るからに高価そうなものをジャラジャラと身に着けていたら着けていた腕ごと盗まれた、なんて治安の悪いスラム界隈ではよく耳にする笑い話しだ。
しかしおれが着けていたのは左手の薬指に指輪を一個だけ、それもおれの稼ぎで買える範囲の、見る者が見れば鼻で笑って屑籠に放るような安っぽい品である。
二束三文の指輪のために手首から下を犠牲にするんじゃ正直ちょっと割に合わないなァ。
そんなこと考えながら断面から血を噴く手首を右手で押さえ、背後の加害者に目を向ける。
まあ、見る必要なんてないくらい相手は限られているんだけど。

「なにすんの、ドフィ」

案の定というべきか額に青筋、口角の下がったガチギレ顔で、しかし罵るでもなくとどめを刺すでもなくただ突っ立っているドフィに「痛いし、寒くなってきた。このままだと死んじゃうよ」と切りっぱなしの腕を見せつける。
ぎこちなく動かした指で糸を巻き付け止血を施してくれたあたり、どうやら殺すつもりはないらしい。
そりゃあそうだろうなドフィはおれのこと大好きだもんなこんなことしちゃったのも愛ゆえだもんな大丈夫大丈夫これくらい全然平気可愛いから許すよドフィと心の中で猫っ可愛がりを発動し、地面に転がっている落とし物を拾おうと身を屈めるとのしのし歩いてきたドフィの足がおれの左手を踏みつぶした。
何度も何度も念入りに踏みつけられるたびバキ、ボキ、と骨が砕ける音が辺りに響く。
あーあ、だ。
こんなにされたらトンタッタのお姫様にオネガイしてももう元には戻らない。
つまりおれの永久片手生活ここに決定。
悲しい、実に悲しい事件だった。

「……そんな目で見るんじゃねェ」

喉を引き絞って無理やり出したような震える声でそう吐き捨てたドフィが、続けざま「てめェが悪ィんだ」とおれを詰る。
全力で責任転嫁っぽいが実のところ正論だったりするので素直に「ごめんね」と謝るとドフィの顔がぐにゃりと歪んだ。
たぶん浮気を認めたと思われたんだろう。
手の一つや二つ余裕であげちゃうくらいドフィを溺愛してるおれが他の誰かに薬指を明け渡すとかそんなこと絶対あり得ないんだけど、諸々の事情で告白もキスもセックスも全部ドフィが無理やり迫った感じになってるものだから、かわいそうなドフィは自分がおれに愛されているという事実を全く知らない。
おれはおれでそんなかわいそうなドフィが可愛くてお誘いを断ったり贈られた指輪を右手側につけたり、わざと誤解されるように振る舞っていたので、つまりこの左手の大惨事は自業自得というわけなのである。
自業自得、なんだけど左手が無くなったのはやっぱりきついし、そのぶんを補うくらいかわいそうなドフィが見たいなァと無事な右手でごそごそとポケットを探り、見つけ出した小さな箱を投げ渡す。
上手く受け取って蓋を開けたドフィは、きっとサングラスの奥でこれでもかというほど目を見開いているに違いない。

「おれはもう二度とつけられないから、ペアじゃなくなっちゃったけど」

箱の中で安っぽく光るリングと自分が踏みつぶした左手を見比べて言葉の意味を理解したのか、血を失ったおれよりずっと青ざめた唇で「ぁ、」と声をこぼしたドフィに満足し、おれは痛みと痛みの副産物である吐き気に襲われつつ意識を手放した。
かわいそうな可愛いドフィはどんなふうに取り乱してくれるのだろう。
泣いてくれたらこれまでのぶん可愛がって可愛がって甘やかしてたまにいじめて、ああ、目を覚ますときが今からとても楽しみだ!