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「心因性の不眠症でしょうな」

薬を出しましょうかと尋ねる医者の言葉に薄く隈のういた目をぱちりと瞬かせたのち、ミホークはゆるりと首を横に振った。
ここのところどうにも昼寝をする気になれず夜になっても眠りが浅いのが気になって医者にかかったのだが、なるほど、心因性の不眠症。
ある程度予想はしていたが我ながら似合わない診断を下され、俯いたままぬるい溜息を吐く。
原因に心当たりがないではない。
が、治す手立てについては絶望的だ。
人肌が恋しいと同衾を強請るミホークに「恋人以外はベッドに上げない主義なんだ」と困ったように眉を下げ、ならば恋人にと詰め寄ってみれば「わかった」といいながら背を向けて寝息をたてるばかりで未だ手の一つも出してこない男を想い、再度息を吐いて帽子の影に隠れた隈を擦る。
ミホークの睡眠に必要なのは身体を重ねることではなくアルバの存在を感じることだ。
あの温度が、匂いが、鼓動が近くにあれば眠るのは容易かった。
しかし向けられる背中と伸ばされない腕に拒絶を感じ取ってしまうと、やはりどうしても睡眠の質が悪くなる。
アルバに受け入れてもらえない現実に、ときとして吐き気すら覚えた。
なるべく負担に思われないようアルバに頼るのは月に一度と決めてはいるものの同情につけ込んで得た名ばかりの恋人の座などいつ取り上げられてもおかしくはないのだ。
一度得てしまったぬくもりの喪失と拒絶されることへの恐怖が不眠症の悪化を招く。
そんな負の連鎖は如何に大剣豪といえど断ち斬るのは困難な代物だった。


***


「いらっしゃいミホーク。今月も来たってことは、まだよく眠れてないんだな」
「ああ、また厄介になる」

いつか来る終わりを、せめて少しでも引き延ばしたい。
そう思って用意した手土産を渡すとアルバが「別にいいのに」と苦笑した。
アルバが金や物で動く人間でないのはわかっているしそういうところを好ましく感じるのも事実だが、今は少しだけそれを憎く思う。
なにせアルバが金や物で動かせる人間ならミホークの悩みは簡単に解消されたに違いないのだから。

「医者にはちゃんと診てもらったのか?」
「……不眠症だそうだ」

深く聞かれたくなくて心因性という部分を伏せて結果を知らせるとアルバが噴き出すようにして笑いだした。
あまりにストレートかつなんの解決にもならない診断結果がツボにはまったらしい。
確かに、眠れていないから不眠症なんて医者でなくともできる見立てだ。
ミホークを診察した医者はともかく、理由も探らずただ「不眠症」とだけ言う医者がいればそれは間違いなくヤブだろう。

「はは、あー……うん、まあ、気長に治していけばいいさ。他の奴に任せるくらいなら、月一の人肌役くらいちゃんとおれがやってやるから」

一通り笑ったあとアルバの口から出た言葉に違和感を覚え、それを探るようにクッと首を傾げると「猛禽類ってよくそうするよな」と的外れなことを言いながら眉間の皺をほぐされた。
普段触れられることのない硬い指先に意識が逸れ、掴みかけた何かがすり抜けていく。

「そんな怖い顔するなって。ほら、おれたち一応、恋人だろ?このくらいのスキンシップは許してくれよ」

一応とは何だと反論したくともそれをすれば藪蛇になりかねず、仕方なく口を噤んだミホークの目の下をアルバが数度、優しく擦った。
これが夜の闇の中で行われた行為であればどれほど嬉しかっただろう。
今夜もまた、良質な眠りは訪れそうにない。