「ドレークさん、嬉しいです」 うっとりと微笑むアルバに、やめてくれと理性が叫ぶ。 獰猛な破壊衝動は肉食動物のゾオン系とは切っても切れないものだ。 当人の意思など一切無視して本能に刻み込まれる凶暴性。 斯く言う自分も血の匂いが裂けた肉が鼓膜を擽る呻き声や絶叫が愛おしくて堪らなかった。 異常である。 悪魔の実を食べてしまったその日からそんな異常な衝動に苛まれ、誰にも気付かれぬよう隠し通してきたおれの一体何を気に入ったのかアルバは出会って数分もしないうちから今に至るまでブレることなく「蹴って殴って罵ってください」と迫り続けてきた。 自ら痛みを求めるなど、おれも異常だがアルバはもっと異常だ。 おれはアルバのことを表向き邪険に扱っていたが、本当はその傷のない首筋を血が滲むまで噛みしめたいと、負傷した個所を自らの手で丁寧に抉りなおしてやりたいと思っていた。 しかし例え本人がそれを望んでいたとして何の非もない部下を甚振ることなどあっていいはずがない。 そうやって常識や道理に縋り必死に自分を律していたはずなのに。 異常を抑え、正常の中で生きていくはずだったのに。 敵に捕らえられ、奇跡的に生還したアルバの全身についた見も知らない何者かによる傷が目に飛び込んだ瞬間、腹の底から湧き上がるどす黒い感情が箍を破壊してしまった。 この傷をつけられながらおれに向けるのと同じような顔で悦んだのであれば、それはどうしようもなく許しがたい裏切りに他ならないと強く強く思ってしまったのだ。 「おれは丈夫だから……ちょっとやそっとで壊れないから、好きなように痛めつけてください」 「黙れ。許可なく口を開くな」 アルバの頬を張りとばし、酷く冷たい、それでいて熱に浮かされたような興奮の滲む声でそう告げ青痣や鞭の跡が無数に浮き出た肌の未だ生々しい傷に沿って爪を立てる。 鳩尾にある一際大きな痣を拳で圧迫するとアルバが苦しげに呻いた。 口を開くなという言葉に従い真一文字に結ばれた唇の奥から聞こえるくぐもった音が心地いい。 駄目だ、いけないことだと理性が叫ぶたび、一層ぞくぞくとした愉悦が湧き上がってくる。 吸い寄せられるようにアルバに顔を近づけ思いきり唇に噛みつくと口の中に広がるのは脳が灼け切れそうになるほど濃厚な味と香り。 そのまま舌を捻じ込んで血と唾液を掻き混ぜながらキスをするなかアルバが息継ぎの合間合間で「かわいい、かわいいドレークさん、もっと虐めて」とうわごとのように呟くのがやけに頭に響いた。 出会ったときから変わらない声色に知らず心臓が跳ねる。 こんな異常な人間の、なにが可愛いものか。 「……口を開くなと言ったはずだ。簡単な命令すら守れないクズには仕置きが必要だな」 「はい、はい、お願いしますドレークさん」 やめてくれと叫ぶ声はアルバの嬉しげな声にかき消されてもう聞こえない。 のぞき込んだ黒い瞳に映る人の姿をした獣は狂喜するような笑みを浮かべていた。 |