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「死ノ外科医トヤラヲ知ッテイルカ?」
「ああ、確か超新星とか言われてるのにそんな名前の奴がいたっけ」
「奴ハ生キタママ心臓ヲ奪ッタリ頭ト胴ヲ斬リ離シタリスルソウダ」
「そうなのか、物騒だな」
「オ前モソンナフウニ斬リ刻ンデヤロウカ」
「はは、怖いこと言うなァ……でもハクバはそんなことしないだろ?」

キャベンディッシュと一緒で優しい奴だもんな、と穏やかに笑うアルバに頬まで裂けたような恐ろしい笑みを浮かべていたハクバは一瞬で口角の上下を反転させた。
それはそれで恐ろしい表情であるに違いないはずなのに原因たるアルバはハクバの様子などお構いなしにほやほやと笑い続けているのだから不快感もひとしおである。
キャベンディッシュの幼馴染であるアルバという男はキャベンディッシュのもう一つの人格であるハクバを一切恐れることがない。
しかしそれはあくまでハクバをキャベンディッシュと同一の存在だと思い込んでいるからであって、別にハクバをハクバと認めたうえで平静を維持しているわけではないのだ。
直接尋ねて確認したわけではないがそれを臭わせる言動は多々あるため、ハクバはアルバの無防備さをそういうことだと認識していた。
キャベンディッシュは眠りについていて今現在目の前にいるのはハクバだというのにアルバはハクバを見ようとしない。
まったくもって腹立たしいことだ。
それはもう、今すぐにでも斬り捨ててやりたいくらいに。

「あ、そういえばキャベンディシュのやつメシ食う前に寝ちまったから腹減ってないか?軽いものならすぐ作れるけど、どうする?」
「…………キャロットスープ」

共有している記憶からキャベンディシュとの関係が本当にただの幼馴染みだとわかっていなければとっくの昔に血の海に沈んでいただろう無神経な男をじとりと睨みながら挑むように注文をつけると、アルバはきょとりと目を瞬かせ、え、と首を傾げた。
戸惑う理由はわかるが、気にくわない。

「でもキャベンディシュは……ハクバもニンジン苦手だろ?」
「オレ『ハ』苦手ジャナイ」

ツンと顎をあげて尊大に言いはするが、以前アルバがニンジンのグラッセを作った際ハクバと交代することで難を逃れようとしたキャベンディシュとハーフハーフの取っ組み合いを繰り広げているだけに説得力はないだろう。
それでもあくまでそう言い張るのはアルバに少しでも認めさせたいからだ。
ハクバはハクバだと。
目の前にいるのは幼馴染みのキャベンディシュではなく、他の誰でもないハクバなのだと認めさせたい。
そうして、その凪いだような静かな瞳に自分だけを映してほしかった。

「うーん、本当に……でも……あー、わかった、わかったよ。キャロットスープな」

ハクバに折れる気がないとようやくわかったのか肩を竦めて立ち上がったアルバに鼻を鳴らし、手持ち無沙汰に抜き身の剣をゆらゆら揺らす。
アルバが扉を閉めたのを見届けてから凄惨な笑みに戻った顔を天井に向けると、口から出たのはらしからぬ溜息だ。
もうすぐ保存用の木箱から取り出されて皮を剥かれるであろうオレンジの物体を思い浮かべるだけで知らず知らず眉間のシワが深くなる。

「……苦痛ダ」

僅かながらキャベンディシュとの差異を認めさせたことに対する高揚の裏で、ハクバの胸中には人参を食べるという苦行への憂鬱が重く広がっていた。




ーーその後、ニンジン独特のクセが丁寧に隠された甘くて飲みやすいキャロットスープと「僕にはこんな手の込んだことしないくせにハクバにだけずるい」と拗ねるキャベンディシュにハクバの機嫌が急上昇したのは言うまでもない。