酔って寝た後特有の怠い体でだらだらと廊下を歩いていたらすれ違いざまヤソップさんに肩を叩かれた。 「本気じゃないならあんまりつつかねェほうがいいぞ、あれは」 もう手遅れかもしれねェがと哀れむように合掌されて、そのときは意味が分からず首を傾げたのだが久々にしっかりと向き合ったお頭を見て理解した。 なるほど、これは、確かにやばい。 「よおアルバ、ここんとこずっとひでェ態度とっちまって悪かったな!昨日は随分酔ってたみたいだが大丈夫か?」 きらきらと輝くような笑みを浮かべ、ひょいと右手を上げて何事もなかったかのように気安く話しかけてきたお頭は、表面上はあの宴以前と同じに見える。 だが違うのだ。 その目が、雰囲気が、明らかに違う。 「……別に、心配されるほど酔っては、」 「酔ってただろ」 言葉を途中で遮っておれの手を取り「覚えてないくらい酔ってたんだ」と笑うお頭の、妙に静かで有無を言わせない口調。 空回りながらも嫌われないように全力だったはずが今やもう嫌われてもかまわないと言わんばかりの様子なのは、おそらく昨日の「船を降りる」というおれの言葉を聞いて優先順位を変えたからだろう。 つまりお頭は好かれることを諦めおれの意思を無視してでも自分の傍に縛りつけることを選んだわけだ。 追い詰められれば仲直りのために動いてくれるんじゃないかという目論見は成功したがこの展開は正直予想外だった。 天衣無縫や豪放磊落を体現したような人だと思っていたお頭がこんなふうにどろどろの執着心を持っていたこともーーそんなお頭に少しときめいてしまっている自分も。 ヤソップさんにはつつかないほうがいいと言われたけれど、もっとつついてお頭の反応を見てみたいと思う。 でもそれをすると取り返しがつかないことになりそうだし、もしやるとしたらそうなってもいいという覚悟ができたときにするべきか。 「あー……お頭、おれあんたに嫌われたと思ってすげェ傷ついてたんですけど?」 「! だーかーら、悪かったって」 わざとらしく唇を尖らせて拗ねたように詰ってみせれば以前と同じ軽い雰囲気を感じ取ったらしいお頭からふっと力が抜けるのがわかった。 離れるつもりなら容赦はしてくれないだろうが、逆に言えば離れようとさえしなければ無理やりどうこうするつもりはないらしい。 このまま反抗せず軽口をたたいてお頭の態度も船を降りるという言葉も全てなかったことにしてしまえば何もかもとはいかなくとも表向きは以前の関係に戻ることができるだろう。 おれもお頭もお互いそれを望んでいるのだから万々歳だ。 でも。 その前に、少しだけ。 「おれお頭のこと嫌いになったかも」 ぽつりと漏らすと案の定お頭の顔から表情が抜けた。 冷たい右手に力が篭り、ギチリとおれの手首を締め付ける。 太陽のようなお頭の闇を押し込めたような暗い目にぞくぞくするなんて、おれはいつの間にかとんでもない悪趣味になっていたらしい。 「嘘ですよ。また告白する前に振られたのかと思って腹が立ったんで仕返ししただけです」 異様な雰囲気に怖気付くことなく意地悪く笑ってみせると、しばらく無表情のまま意味を考えていたお頭が突然熱いものに触れたような勢いでバッとおれの手を放した。 水に赤いインクをぶちまけたみたいに急激に色づいていく顔を隠そうとして俯くお頭を指差し笑うと「からかうな」とまったく痛くない拳がとんでくる。 今はまだこれでいいのだ。 平和な関係を崩すのは、覚悟が決まったらいずれ、また。 |