好意的に振る舞えなくても出来る限り傍にいたいとは思うのか、お頭は険悪を装うようになってからも基本におれの視界に入る位置にいるしおれから近づいていっても逃げたりしない。 あからさまにこちらを意識してそわそわしだす姿が『待て』を命じられたせいで大好きな飼い主に飛び掛かれない犬にしか見えなくて少し心苦しかったものの、おかげで計画的傷心のための接触は容易だった。 「あ、……すみません」 見るなと言われた翌日、偶然を装って近づき目があった瞬間視線を逸らして苦い顔で謝罪するとお頭は呆気にとられたように固まって「は、」と小さな声を漏らした。 昨日まですげなくされても気にせず話しかけていたから訳がわからないんだろう。 しばらくの間だんまりを決め込んでいると硬直していたお頭が直視していなくてもわかるくらいおろおろしだしたが、それでもおれは口を開かない。 なにせおれは傷ついている。 昨日のあれで心が折れたのだ。 あんなふうに冷たくされたらもう関係修復は不可能なんだとネガティブになっても仕方ない。 「あ、の、アルバ」 「……おれ、いなくなったほうがいいですよね」 「はっ?」 目立つ赤色を視界から外したままごめんなさいと頭を下げて立ち去るおれをお頭が引き止めることはなかったが背中に刺さる視線には今までと違い多分な戸惑いが含まれていた。 戸惑いはいずれ不安に変わる。 きっとお頭はこれから今まで以上におれの行動を気にかけるようになるだろう。 「さて、自棄酒の準備でもするか」 自分のことでいっぱいいっぱいでどうしようもないんだろうが、おれにこんなひどい仕打ちをしてくれているのだ。 ここはひとつおあいこということで、お互いの平和のためにもお頭にはしっかり傷ついてもらうとしよう。 |