アルバに避けられている。 それに気づいたとき、マルコは酷く動揺した。 また新しい恋人ができて、その恋人がマルコを遠ざけようとしているのか。 そう勘繰って探りをいれてみてもアルバはつい最近ナースの一人と別れたきりで他の誰かとどうこうという様子は少しもない。 何故と問い詰めたくともアルバはマルコから逃げるばかりで話しをする余地すら与えてくれず、じりじりとした焦りだけが日に日に増していく。 アルバの愛はあくまでも『お返し』であって無償ではない。 マルコが行動を起こさない限りアルバはマルコを甘やかしてはくれない。 愛してくれない。 アルバの愛はもはやマルコにとって酸素のようなものなのに、それがないのではどう息をしていいかわからなかった。 恋人ができたからという理由ならまだ我慢もできた。 なにせアルバの際限のない愛を受け入れられる存在などそれこそ愛情に狂ってしまったマルコくらいなもので、「優しいから」なんて甘っちょろい理由でアルバに惚れた人間は長くとも三ヶ月もすればアルバの愛の重さに耐えかね離れていくに決まっているのだから。 しかしそうでないのなら、もし万が一、アルバがマルコのことを嫌いになって顔も合わせたくないと思い避けているのなら、それはもはやこの世の終わりと同義である。 マルコが身に宿す不死鳥の能力はどんな傷でもたちまち癒すが、だからといって万能なわけではない。 食欲が落ち悪夢に魘されるようになったマルコは見る間に窶れ、生気が無くなっていった。 そんなマルコを心配した兄弟たちに気分転換を勧められ、意味はないだろうと思いながら澄み切った青空を舞う。 不死鳥の青い炎をいたく気に入っていたアルバは、マルコがこんなふうに空を飛ぶといつも目を細めてこちらを見上げていた。 そして着地するときになると必ず大きく両手を広げ、アルバの力ではマルコを支えきれずに倒れることになるのをわかっていながらその胸に飛び込むことを許すのだ。 アルバがいないのなら、いったいどこに着地すればいいのだろう。 そう考えてぼんやりと見下ろしたモビーの甲板にいないだろうと思っていたアルバの姿を見つけ、マルコは目を見開いた。 しかし間違いなく交わったはずの視線は慌てたように、不自然に逸らされる。 ああ、やっぱり。 アルバはもう、自分のことを受け入れてはくれないのか。 それを感じ取った瞬間、マルコの中で軋んでいた何かがついにパキリと音を立てて、壊れた。 「ッ……マルコ!?」 フッと全身の力が抜けて、倦怠感のままに羽ばたきを止める。 海へ向けて落下を始めた不死鳥の姿にアルバが叫び声をあげたのを聞き、ようやくアルバの意識を独占できたことに満足したところで衝撃が全身を包んだ。 おそらく高所から海面に衝突したことで全身の骨が砕けただろうが、海の中では不死鳥の再生能力も発動しない。 痛いし苦しいが、どうせ陸に戻ったって同じことだ。 否、アルバに愛されないほうがずっと痛いし苦しいし、悲しい。 ――それならいっそ、このまま。 ごぽりと肺に残っていた空気が漏れ水面に向けて浮かび上がっていくのを眺めてそっと瞼を閉じる。 薄れる意識の中、脱力して沈んでいく腕を誰かが掴んだ、気がした。 *** 「なんっっっで!あんなことしたんだ!馬鹿!馬鹿マルコォォ!!!」 医務室の白いシーツの上で目が覚めて、ずぶ濡れのままわんわんと泣きわめくアルバにわけがわからず目を瞬かせる。 いや、状況は理解できた。 きっとアルバが海に飛び込んでマルコを引き上げてくれたのだろう。 しかしどうしてアルバが泣いているのか。 アルバは自分を、嫌いになってしまったのではなかったのか。 海から上がってすぐ無意識に能力を使ったのか、傷は完全に治っているがどうにもハッキリしない頭を振って「なんで避けてたんだよい」と問い返すとアルバが泣きすぎて真っ赤になった顔を歪めて「それは、前に付き合ってた子が、」と話し始めた。 要約すると別れ際に「そんなんじゃいつかマルコにだって愛想つかされるわよ」と嫌味を言われたのがきっかけでこれまでの行動を思い返し、マルコに重いと思われていないか不安になったということらしい。 恋人にはそんなことお構いなしで平然と重たい行動をとり続けるくせに、マルコにだけは嫌われたくないと、そう思って。 馬鹿だ。 おれもアルバも、二人とも、本当に馬鹿だ。 頭を抱えて息を吐くマルコの肩を掴み「お前はなんであんなことしたんだ」と再度問いただしてくるアルバの真剣な表情に涙が滲みそうになるのを誤魔化しながら「お前が避けるからちょっと気を引こうとしただけだよい」と返すと、アルバは信じられないといったふうに悲鳴じみた声をあげた。 「死んじまったらどうするつもりだバカヤロウ!」 「アルバがおれのこと避けるのが悪いんだろうがよい」 死なせたくなきゃ甘やかせ、と胸に頭を預けたマルコにきょとりと目を見開いたアルバが「せっかく拭いたのにまた濡れるぞ」と言いながらも嬉しそうにいそいそ身体を抱き寄せてくる。 すぅと息を吸うと潮の香り混じるアルバの匂いが肺を満たし、未だに怠さの残る全身に活力が湧いてくるのがわかった。 「……息が出来るってのはいいもんだよい」 マルコの呟きにわかったような顔で「そうだろう、二度と馬鹿な真似するんじゃないぞ」と釘を刺してきたアルバは、実際のところ何もわかっていない。 不死鳥を生かすも殺すも、全てはアルバ次第なのだ。 |