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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -




意識が浮上して一番に思ったのは『痛くない』ということだ。
手を切り落とされておいて全く痛みがないなんて普通なら絶対にありえないんだけど、まあドフィのことだから傷が完全に塞がるようトンタッタのお姫様を頑張らせたかもしくは相当に強い薬でも使われているんだろう。
続けてそう考えたのに、考えながら力を込めた左手が普通に動く感覚がしてギョッとなった。
左手がある。
まさか、チユチユの能力とて万能ではないのだからあんなぐちゃぐちゃのボロ雑巾みたいになった肉の塊、傷口に添えたところで繋がりはしないはずだ。
寿命を削って行う復元能力に関してはそれに限らないけれどあれはマンシェリー姫の寿命がどれ程保つかわからない為あくまでファミリーの基盤が崩壊するほどの緊急時にのみ使用すると決めてある奥の手だし、その奥の手を使ったにしては体力の回復が遅い。
考えれば考えるほど訳がわからなくて、とりあえず状況把握のためにぼんやりと霞む目を瞬かせ怠い身体を僅かにずらすとおれの腹の上に金色が乗っかっているのが見えた。
短くて触り心地の良さそうな髪の毛は言うまでもなくドフィのものだ。
珍しくフェザーコートを外しているおかげで綺麗な項が丸見えになっている。
人の腹の上に突っ伏して眠るなんて、そこまで離れがたかったのだろうか。
目を離した隙におれがいなくなるとでも?
もしおれが今こっそりベッドから抜け出してその不安を現実にしてやったらどんな反応をするのかと考え、想像の中のドフィのあまりの可愛さに身悶えそうになった。
是非とも実践してみたいが、ああ、残念ながら時間切れらしい。
寒さを堪えるようにふるりと身を震わせゆっくりと上体を起こしたドフィに「おはよう」と声をかけて左手を振る。
包帯が巻かれているところから先、失ったはずの左手は思い通りに動かすことはできるものの悴んでいるみたいに感覚が鈍い。
まだ覚醒しきっていないのかそれとも言葉が見つからないのか、こちらに顔を向けたまま固まっているドフィの目の前で親指から順にいち、に、さん、と指を折り曲げると薬指に嵌った指輪に視線が突き刺さった。
あのときおれが左手の同じ位置に嵌めていた安っぽい指輪だ。
血で汚れていたはずのそれは踏みつけられた際についたらしき傷こそあれピカピカに磨き上げられていて、むしろ買ったときより綺麗になっているかもしれない。

「指輪、ちゃんと回収してくれたんだね」
「……ああ、当然だ」

おれが眠っている間に随分と泣いたらしくサングラスを取り払ったドフィの瞳は真っ赤に充血して潤んでいる。
声もがさがさと掠れていて、おれが倒れた後に取り乱して絶叫したのだろうことを窺わせた。
きっと物凄くかわいかったんだろうな。
意識を失っていたのが残念だ。

「この手も……まさか元通りになるとは思わなかったよ」
「フフッ!おれの能力で作った義手だ。少し慣れないところはあるかもしれねェが、そう悪くねェだろう?」

影騎糸の応用で本物そっくりな左手を作り、寄生糸で神経を繋ぐ。
そうして自前の手と同じように思い通り動かせるようにしているのだといつものように腕を広げながら得意げに語るドフィがどこか小さく見えるのは、決してフェザーコートを着ていないからという理由だけではないだろう。
自身の功績を誇示する裏に隠されているのは恐怖だ。
ドフィは今回の件でおれから決定的な拒絶を受けることを恐れている。
この左手はあの凄惨な一件をなかったことにするための道具であり、それが受け入れられなかった場合の『枷』でもあるのだ。
ドフィの葛藤と独占欲の形。
背中にぞくぞくと痺れが走る。

「……ありがとう。でもーー指輪はいらないよ」

三日月形に吊り上がった唇が割れ、自然と言葉が零れ落ちた。
自分でも驚くぐらい冷たい声色にヒュッと息を飲んで硬直するドフィ。
元々いいとは言えなかった顔色がみるみるうちに青褪めていくのが可愛そうで愛らしくて愛おしくて、一層いじめて泣かせたくなる。

「左手の薬指に指輪を嵌めるのはそこが心臓に一番近い場所だからだ。永遠の愛の象徴なんだよ。だから、どんなに精巧な義手でも結局は自分の手じゃないなら、ここに指輪を嵌める意味もないだろう?」

笑顔で言い切って薬指に嵌る指輪を外そうと手を伸ばす。
と、まるで蛇が獲物に襲い掛かるような勢いでドフィ製の左手がおれの右手を掴んでそれを阻止した。
冷静に開こうと試みても操られている左手の力は増すばかり。
思った通り、ドフィの能力で作られた左手はおれの意思よりドフィの操作を優先して動くようだ。
既に身体の一部と化しているが故に、どれだけ遠く離れたとしても能力の効果から逃れることはできないであろう『枷』。
ドフィはおれがこっそり逃げだすことを危惧したんだろうが離れても切れない縁なんてまるで運命の赤い糸みたいじゃないか。
うっそり眼を細めると下手くそな笑みが剥がれ落ちて余韻のように僅かに唇を引き攣らせているドフィが怯えたようにたじろいだ。

「いらないよ、指輪なんて」

重ねた言葉にドフィの顔が泣きそうに歪む。
ああ、ドフィは本当にかわいいなァ。