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昔から周囲に「良くも悪くも穏やかで優しい」と評価されてはいるが、おれは特段おおらかな人間というわけではない。
人並みに苛立ちもすれば頭にくることも沢山あるし、なにより一度怒ると上手く解消することができずずるずる長引かせてしまうという我ながら面倒くさい怒り方をするタイプなのだ。
おれの性質を単純に考えるなら、おおらかどころかむしろ懐の狭い陰湿な男だろう。
にもかかわらず『穏やかで優しい』なんて言われるようになったのは単純な話、おれの同輩に人並み以上に血の気の多く、尚且つ激昂すると手に負えない実力者が多数存在したために他ならなかった。
自分が怒りを感じるより前に真横で取っ組み合い殴り合いの喧嘩が始まっているとなるともうそれは怒っている場合ではない。
必死に喧嘩を止めて興奮を宥め必要があれば治療を施し、これなら喧嘩に発展する前に防いだ方が早いと緩衝材のような役割を果たしているうちに優しい人間だと言われるようになったのだから自身の評価を耳にするたびに苦笑いしてしまうのも仕方のないことだと思う。
そんなおれの根本的な性質は年を食った今でも変わらない。
懐が狭く陰湿。
表に出すことこそ少ないものの、怒りが長引くのも相変わらずだ。
といっても年齢と共に今まで見えていなかったものが見えるようになることも増えた。
そして、その見えていなかったものの中には一度見てしまうと自身のどんな感情より絶対に優先しなければならないと感じてしまう大変なものも当然のように存在していたのである。



「どうしたサカズキ、何か用か?」

風呂あがりの濡れた髪もそのままにこちらを睨み付けてくるサカズキの目を感情を込めずに見つめ返すと、その目元がひくりと引き攣り皺を刻んだ顔が忌々しげに歪んだ。
サカズキがこうしておれを睨みつけてくるのは大抵の場合が甘えたい、構ってほしいというサインだ。
気づくまでに随分と時間がかかってしまったけれど、その分気づいてからはできる限りサカズキの望みを叶えようと蜜月のような甘やかしを続けてきた。
とはいえ切り替えの利かないおれの性格では喧嘩――サカズキはきっと喧嘩とも思っていないのだろうが、険悪な雰囲気になった昨日の今日でそう簡単にサインに応じられるはずもない。
そんなときはいつもこうやって白々しい気づかないふりで遠まわしに拒絶して怒りが冷めるのを待つことにしていた。
サカズキもそんなおれの子供のような意地を理解して、だからそれ以上強くは求めてこないのだろうと思っていたのだが、まあ、結果から言えばそれが間違いだったわけだ。
サカズキはおそらく、周囲と同じようにおれのことを穏やかで優しい人間なのだと勘違いしている。
二人がまだ若かった頃、分別や我慢が完全に身についていない危険人物だったサカズキとは『緩衝材』として接することが多かったため、幾度かの諍いを経験してもなお刷り込みのようにそう思い込んでいるのだろう。
そんなおれに拒絶され、嫌われてしまったのかという恐怖に固まり、マグマを押し込めたようなぎらついた瞳を凍えさせてこちらの様子を窺うサカズキに初めて気が付いたときの衝撃といったらなかった。
「好かんようになったなら、言わんか」
鼻の間に皺を寄せて、まるっきり怒っているようにしか見えないのに目だけが悲嘆に暮れている。
そんな顔でそんなことを呟かれて、同じ態度などとり続けられるわけもない。
今日もまた「何か用か」という言外の拒絶に対して縋るように短く睨んでは逸らされる瞳の中に確かな怯えを見つけてしまい、おれは小さく溜息をついた。
わざとではないとわかっていてもずるいと思ってしまうほど、色んな意味で効果抜群だ。

「……サカズキ。今日はもう寝るか、それとも布団の中で話しをするか選んでくれ。話しをするなら寝かせないから、そのつもりで」

おれが何に怒ってるか、どれだけ嫉妬深くてサカズキのことを愛してるか一晩かけて教えてあげるよ。
そう言って隣の部屋に敷いておいた一組の布団を指差すと凍りかけていたサカズキの瞳にマグマとも違う、もっとどろりとしていて甘い熱が満ちるのがわかった。

「サカズキ」

名前を呼んで選べと迫る。
選べといったってサカズキからすれば選択肢などあってないようなものだろう。
やがて恥じらう様を見られまいと顔を伏せ、ぎこちない動きで襖の向こうへ歩いて行ったサカズキがゆっくりと布団の脇に胡座をかいた。
隠しきれない期待を滲ませながらちらりちらりとこちらを窺ってくる恋人が可愛すぎて、なんだか妙に腹がたつ。
優しくしてあげたいような、苛め抜いてやりたいような。
どちらにしろ今日の夜が甘くなるのは間違いのないことだった。