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あの日からドレークは夢を見るようになった。
記憶にあるまま優しく微笑みかけてくれていたアルバが、突然の能力の暴走で恐竜へと変貌したドレークに顔を歪ませ「化け物」と罵ってくる酷い夢だ。
気持ち悪い、近寄るな、悍ましい化け物め。
初めてその夢を見た朝は込み上げる吐き気に耐え切れず胃液でシーツを汚してしまったし、しばらくの間いつも通り遠い場所で笑っているアルバを視界に入れることすらできなくなってしまった。
アルバに嫌悪されるのが恐ろしい。
優しい父が変わってしまったのと同じようにあのアルバにまで蔑まれたらと思うと怖くて怖くてたまらない。
数年前、たかだか数日世話になっただけの相手にここまで入れ込むなど自分でも異常だと思う。
しかし魚が生息するのに適した水を求めるように、蜥蜴が体温を維持するための日向を求めるように、ドレークという生き物の本能がアルバの存在を求めているのだ。
アルバがいなくとも生きることは可能だろうが、アルバの傍でなければ幸せにはなれない。
そんな強迫観念じみた確信に追い立てられるようにしてドレークは日々これまで以上の厳しい自己研鑽に励むようになった。
巨大すぎて船上戦には不向きな能力は切り札の一つとして扱うようにして出来る限り人目に晒さず、代わりにサーベルとメイスで敵を殲滅していると徐々にその実力や統率力が評価されるようになった。
比例して身に宿す能力の話題が下火になったのはありがたかったが、階級が上がろうとアルバに近づくことは出来ないし悪夢は定期的にドレークを苛む。
ある意味穏やかで代わり映えのしない毎日。
このままずっと何も変わらないのだと根拠なく思い込んでいた。

アルバと同室になったのは、そんなある日のことだった。


「こうして挨拶するのは初めてだな。同室者のアルバだ。これからよろしく」

にこりと笑って握手を求めてきたアルバにやはりこうして対面してみても思い出してはもらえないんだなとそんなことを考えながら、ドレークは静かにパニックに陥っていた。
大部屋から二人部屋に移動する際、同室者がいるとは聞いていたがそれが誰かまでは今に至るまで知らずにいたのである。
相手の名前を尋ねなかったのはドレークのミスだ。
正直なところ、寝て起きるだけの部屋なのだから同室者なんて誰でも一緒だと思っていた。
実際誰であっても無意識に一定の線を引いて行動することが多いドレークにとって、線が引けない、冷静でいられない相手はただ一人しか存在しないのだからそれは間違った考えではなかったはずだった。
しかしなんの運命の悪戯か、今ドレークの前に立っているのはその唯一の例外だ。
あり得なさすぎて無意識に同室者候補から外していた例外、アルバが笑顔で、真っ直ぐにこちらを見て、ドレークに向かって手を差し出している。
ドレークとて随分と成長したはずなのに記憶と違わず大きくて硬そうな手。
かつて自分を慰め、励ますように頭を撫でてくれた手が、今また自分のためだけに、自分に向けて伸ばされて、

ーーそう認識した瞬間、ぞわりと嫌な感覚が背中を走った。
感情に振り回されてはいけないと能力制御の訓練に力を入れるようになって以来感じることのなくなった感覚が、ドレークの意志を無視して背中から腕、そして手の甲へと広がっていく。
手を出したまま不思議そうにしているアルバはまだ気づいていない。
しかし、このままでは。

「おい、どうしたんだ?気分でも……おい、ドレーク?」

ああ、名前は知ってくれていたのか。
嬉しい。
けれど、それが能力の暴走を堪えるドレークへのとどめになった。
心配そうにドレークの顔をのぞき込むアルバから無理やり引き剥がすようにして目を逸らし、完全に恐竜のそれとなった手を隠しながら踵を返す。
最悪な態度なのは承知だが、一言でも発してしまえば全身が鱗に包まれるのは避けられないだろう。
挨拶を無視して最低の印象を持たれるか、爬虫類じみた様相を見られて件の悪夢がついに現実のものとなるか。
どちらにしろ最悪の未来しか訪れない二者択一を選択せざるを得なかったドレークは、走り出た夜の闇の下、一人喉を引き攣らせ地面に涙を落とした。
冷たい風の音に混じり、気持ち悪いと、悍ましいとドレークを罵る声が聞こえる。
細い月の光に映し出されるざらついた肌が憎くて悲しくて、止まらない嗚咽と共に、どうしようもなく吐き気が込み上げた。