恋人らしさなんて求められても何をすればいいのか全然わからなかった。 職場で顔を合わせる機会も多く、言葉だって遠征でもなければ毎日のように交わしている。 近くにいて話をして一緒に食事してたまにセックスして、ボルサリーノはそれで充分だと思っているのに、アルバはいつも充分以上の特別な何かを求めてくるのだ。 理解できない何かを強請るアルバにも、その何かがいったい何なのかわからない自分にもいい加減苛々していた。 喧嘩の延長の罵り合いの拍子に「別れる」なんて言ってしまったのは、間違いなくそのせいだった。 怒りが冷めた後、去っていくアルバの背中を思い出して不安にならなかったと言えば嘘になる。 好いている相手に勢いで別れを告げてしまって焦らないわけがない。 それでも大したことにはならないと高をくくっていたのはアルバの激しい怒りがボルサリーノへの愛ゆえであると知っていたからだ。 アルバは本当にわかりやすくボルサリーノに惚れている。 ボルサリーノを見つけると途端に笑顔になって駆け寄ってくるし、些細なことで嫉妬したり、幸せそうにしたりコロコロコロコロ忙しない。 そんなアルバが自分から離れるところなど、ボルサリーノには想像もできなかった。 しかし、悍ましくも想像できないことが平気で起こるのが現実というものだ。 それを思い知らされたのはそれからすぐ後、喧嘩をした翌日のことである。 きっと朝一で謝罪してくるだろうと踏んでいたアルバがボルサリーノの執務室を訪れることは、日が登り、暮れてしまったあとも一度もなかった。 そんなはずはないと思った。 アルバはボルサリーノを愛しているのだからあんなことで本当に別れたりするはずがない、と。 しかし何日待ってみてもアルバが謝りにくることはなく、仕事上必要だからとようやく顔を合わせれば突き放したような言葉遣いで距離を置かれ、アルバと自分はもう恋人ではないのだと理解してしまったボルサリーノは呆然とした。 理解しても信じたくなくて、上手く纏まらない頭で訪れたアルバの執務室には書類で散らかった机を放置してソファに寝転がるアルバがいて。 「……こんな汚い机でよく仕事してるねェ〜」 そう呟いて、机の上でバラバラに山を作っている書類に手を伸ばす。 軽く目を通して種類を分け、トントンと端を揃えて机の上を片していきながら、ふとこんなことでも良かったのだろうかと考えた。 大将であるボルサリーノが他人の書類整理をしてやることなど絶対にない。 だからこれはアルバ相手だからやっている、特別な扱いだ。 アルバが求めていた特別。 ボルサリーノが理解できなかった何か。 こんな簡単なことをもう少し前にできていたなら、ボルサリーノは今もまだアルバの恋人でいられたかもしれない。 そうして目を覚ましたアルバにありがとうと言って笑いかけてもらえたかもしれない、のに。 「――……、っ!」 ぱた、と書類に落ちた雫を慌ててスーツの袖で拭っていると、アルバがごそりと身じろぎしたのが見えた。 咄嗟に身体を光に変え、その場から姿をくらませる。 光の速さは人の目に追えるものではない。 当然姿は見られなかっただろうが、しかし、『光った』ということはわかってしまったかもしれない。 だとすれば最早ボルサリーノの存在はアルバに知られたも同然で、今頃恩着せがましく整理された書類を見たアルバが未練ったらしいと顔を歪めているかもしれないと思うとまた涙が出た。 でも、 でも。 「優しく……やさしく、すれば」 今日のように、特別なのだと態度で示すことができればアルバもボルサリーノのことを見直してくれるかもしれない。 絶望のなか見つけた小さな希望を捨てることが出来ず、ボルサリーノは自分に言い聞かせるように「大丈夫」と呟いた。 書類がボルサリーノの仕業だと確信していても姿は見られていないのだから、もし鬱陶しいと糾弾されるようならそのときは知らぬ存ぜぬで通せばいい。 逆にボルサリーノの正体に気づいたうえでよりを戻そうと言ってくれれば万々歳だ。 努力するだけならタダ。 そんな臆病な前向きさが生んだ『妖精』は自らの努力の方向が間違っていることに気づかないまま、近い将来想い人に仕掛けられる罠に向かって着実に歩みを進めていくのだった。 |