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 士気が下がるとか沽券にかかわるとか身内からは散々な言われようだし実際三十路も半ばを過ぎた男の横座りというのはあまり目に優しいものではない。げんなりするというか気が抜けるというか、少なくとも格好良く見えないのは確かだろう。もう少し忍者らしい座り方をと口うるさく言うやつらの気持ちは痛いほどわかる。
 他の連中とそう変わらない平々凡々な感性を持っている俺は、しかしそれでも組頭の横座りを注意しない。というかできない。それをするには俺は横座りの恩恵を受けすぎていた。
 なにを隠そう組頭の膝は俺の安眠枕なのである。昔から見え隠れしていた不眠症の気が悪化して体調をくずしかけたとき俺を心配した組頭に「今は誰もいないから」と半強制膝枕で寝かしつけられてからというもの、組頭の膝枕限定で訪れるあまりに質の良い眠りに俺はもう首ったけだった。
 天井を背景に背負った包帯男に見下ろされる居心地の悪さは慣れれてしまえばなんてことないし、組頭も人間なんだな〜って感じの柔らかさと温もりが眠気を誘うし、火傷の痕のひきつれを抑えるための軟膏の匂いがとてもいい。まとまった時間の質の低い睡眠より十五分の良質な睡眠が俺を生かす。注意して組頭が横座りをやめてしまったら俺はこれからどうやって生きていけばいいというのか。

「角度とか厚みとか、組頭の膝枕ほんっと最高ですよね」
「そりゃどうも」

 顔のほとんどを覆っている包帯と変色した皮膚、黒い忍び装束とのコントラストで一際目立つ右目が俺を見つめて瞬きする。「私を枕として褒めるのなんか世界中探してもお前くらいだろうね」と呆れているのかどうでもいいと思っているのかいまいちわからない淡々とした声で話す組頭の太腿を撫でながら「世界中で俺だけってなんか素敵ですね」と頭の悪そうな感想を返すと沈黙が流れた。もう眠たくて頭ほとんど回ってないので脊髄反射で喋ってますごめんなさい。

「あ、でも組頭って忍術学園のよい子たちにもちょくちょく膝貸してるから、もしかしたら俺以外にも組頭の魅力に気づいてるやつがいるかもしれませんよ」
「……もしそうだとしたら嫉妬でもするかい?」
「いや〜さすがに子供相手に嫉妬はしませんって。どっちかっていうとあれですね。あれ。俺組頭に子どもと同じ扱いされてんだな〜って思うと、あれだ。ふがいない、みたいな」

 話すうちにどんどん瞼が重くなってふあ、とあくびをすると組頭の骨っぽい硬い手が優しく頭を撫ではじめた。
 ああ〜気持ちいい。絶妙な撫で加減。これ子ども扱いどころか動物的な可愛がりうけてんじゃないかと疑ってしまうけどそれでもいいやって思っちゃう。そのくらい眠い。このまま寝落ちしたい。組頭最高。
 というか、子どもに嫉妬なんかしないって言ったけどもし俺の睡眠時間に組頭の膝枕が使用中だったら大人気なく駄々をこねてしまう自信はわりとあるかもしれない。睡眠欲は大人のプライドとか世間体とかいろいろなものを凌駕するのだ。

「部下を子ども扱いして膝を貸すほど優しい人間じゃないよ、私は」
「うっそだぁ」

 組頭は優しい人です、俺なんかの心配してくれるし膝貸してくれるしちょっとおかしいくらい優しくていい人です、俺はそんな組頭が大好きですこれからも膝枕おねがいしますとそんなニュアンスのことをヨダレがわりにだらだら口から垂れ流していた。ような気がする。
 気が付いたら十五分どころか二時間がっつり爆睡していて、寝顔を覗きこんでいたらしい組頭に「何人かに見られた。すまん」とまったくすまなくなさそうな様子で謝られた。組頭の膝枕で健やかに眠ってるところを同僚に目撃されたとかなんだその絶望的な現実。精神的にはきついのに身体はいつになく軽くてなんだかめちゃくちゃ仕事をしたくなった。今なら何でもできそうだ。できそうだから、今後仲間たちから向けられるであろう視線を感じずに済むようなやばい仕事をくれ。

「義助」
「なんですか」

 正座は足が痺れるからと数分ともたずに崩してしまうのに二時間も膝枕してくれたんだよなと思うと文句なんて口が裂けても言えなくてしかたなく一人溜息をついていると、固まった身体をほぐし終わった組頭がぽんと俺の肩を叩いて耳元に口を近づけた。口布越しの微かにぬるい息が耳朶をくすぐる。

「ーーおかしいと思うならもう少し警戒するように」

 私以外には、と付け加えてスタスタ部屋を出ていった組頭は相変わらず何を考えているかわからなかった。優しさには裏があるかもしれないんだから気をつけろってことなんだろうけど、そんなの言われるまでもないことだ。俺だって誰かれ構わず人前で無防備に眠ったりなんかしない。膝枕なんてそれこそ相手が組頭でなければ初回の時点で断っていた。あのときも今も、警戒しないのは組頭だからだ。

「……つまり今まで通りでいいってことだよな?」

 困惑し、しばらく考え、釈然としないものを覚えて首をひねりつつそう結論付ける。何か含みがあった気もするが俺にはさっぱりわからない。わかるのは、とりあえず今日はもう眠らなくていいということだけだ。もともと忍者として眠らなくても活動に支障がないよう訓練を受けているだけにここまでスッキリしてしまうと眠ろうとしても眠れないだろう。睡眠の質が良すぎるのも考えものである。
 こういうのが続くと不眠が加速しそうでちょっと怖い。まあ組頭に頼めばなんとかなるし問題ないと思うけど。