「先輩、人はどのようにして恋をするんでしょう」 放課後のお勉強会の最中、後輩の浦風藤内に珍しく浮ついたことを尋ねられて俺は一瞬固まった。 いや、色恋沙汰の話が悪いというわけではない。 そもそも色恋というには淡すぎるほど詩的、哲学的発言だ。 藤内はそういったことに興味の出てくるだろう年齢だし俺は他の者ほど禁欲主義に走る性分ではないから三禁云々いう気もない、が、ただ純粋に驚いた。 お勉強一筋な彼の口から恋なんて単語が出てくる日が来ようとは。 「藤内、好きな人でもできたか」 「はい……一応」 言葉尻を恥ずかしげに濁す後輩の瞳は二年前の自分と比べて随分純粋で今まさに憧れや好意の入り混じった初恋を体験しているのだろうということが伺える。 初恋など遠い昔の話と考えて自分が未だ“恋”という未知と遭遇していないことに思い至り、ふむと顎に手を当てた。 人がどのようにして恋をするか。 恋を知らない俺には少しばかり難しい問題である。 「今日くの一教室の子が話しているのを聞きました」 「なんと?」 「義助先輩は優しいけれど自分に特別でないから好きじゃないって」 まさか。 気になってどんな容姿だったか聞くとどうも最近狙っていた娘らしい。 快活でチャーミングなその子を気合入れて口説いていただけに地味にショックだ。 「俺は先輩の優しいところが好きです」 続けてのまさか。 後輩に告白されてしまったどうしよう。 冗談だけど。 「でもその子がそういっているのを聞いて、先輩の優しいところが少し嫌いになりました」 それでも先輩は好きなんです、と静かに語る藤内を見て先ほど考えたことを訂正した。 冗談ではなく俺は後輩に告白されているようだ。 告白されること自体特に珍しいことではない。 いつも気に入ったら付き合うし食指が動かなければばっさりと断るが、しかし相手が藤内となると話は別である。 先ほども思ったことだがこの後輩は俺と比べて酷く純粋で真っ直ぐだ。 いったいどうすれば傷つけずに済むのか全くもって見当がつかない。 「俺は先輩が好きです。先輩はどうすれば俺を好いてくれますか」 ああ、はじめの質問はここに帰結するのか。 好きな相手に直接質問するなど滑稽なことだが、それだけ藤内が俺に全面的な信頼を持っているのだと思うととても良い気分になれた。 予習復習を怠らない生真面目な藤内のことだからきっと俺に聞く前にかなりの時間自分で悩んだのだろう。 この勉強会でだって俺に質問するのはどうしても解けない問題だけだった。 どうしても解けない難解な問題と同じように悩んで悩んで俺に質問したのだ。 人はどのようにして恋をするのか。 どうすれば俺は藤内を好きになるのか。 その答えは。 (――――あれ?) ほんのりと色づいた頬をして窺うようにこちらを見る藤内がなぜだか妙に可愛らしく見える。 いやいや以前から後輩として可愛いと思ってはいたけれど。 「先輩?」 「あ、ああ……どうもしなくていいんじゃないか?どうにかして好きになるものでもないだろうし」 「なんでそんな他人事なんですか!」 絶対に好きになってほしいから聞いてるのに、とむくれる藤内がやはり可愛いもののように思えて俺は自身の変化に戸惑った。 恋、なのか?いやでも気の迷いって可能性も、ああちょっと不安そうな藤内かわいいどうしよう。 「…………えーと、あえて言うなら」 「言うなら?」 たっぷり間を開けた俺の答えを聞こうと藤内がずいと顔を寄せる。 言ってしまったらもう後戻りできないんだけど藤内相手に誤魔化しはしたくはない。 儘よと覚悟を決めて口を開く。 「これが恋だと自覚する時間をくれれば、好きになるよ」 囁いた言葉に藤内が耳を抑えて赤面した。 かわいいなぁ、くそ。 |