自室で本を読んでいる最中トントンと肩を叩かれて振り向くと突き出された人差し指に頬が引っかかった。 いつも通りの登場に本をたたんで彼に向き合う。 彼の“かまえ”の合図を無視すると、酷いことになるから。 「長次は素直だねぇ」 昔はあんなに抵抗したのになぁと間の伸びた口調で話す一見人畜無害そうなこの男、鴻池義助はその印象に反し学園で一番逆らってはならない存在である。 ほわほわと平和そうに表情筋を緩めているくせに、わがままで理不尽で容赦がない。 機嫌を損ねれば何をされるかわかったものではない。 わかったものではない、が、とりあえず碌な目に合わないのは確かだ。 鴻池はあんなに、なんて言ったけれど実際のところ抵抗したのは初めの一、二回だけ。 その一、二回で嫌というほど学習して以来私はなにがあっても鴻池のされるがままになっていた。 反応のない人間をからかったって面白味なんてないだろう。 反応しなければいつか飽きて離れていくだろう。 そう思っていたのに鴻池は何年たってもこうして私の傍に寄ってくる。 理由は、わからない。 「さっきお前のところの一年坊に会ってさぁ、会話の拍子にお前のこと可愛いっていったら眼大丈夫ですかって聞かれちゃったよ」 そういうことを言うのはたぶんきり丸だろう。 大丈夫だろうか。 鴻池の眼はもう大丈夫ではなさそうなのでせめて後輩は無事であるよう祈りたい。 「お前はこんなに可愛いのにねぇ。どう思う?私の眼はおかしいのかなぁ」 目の前が揺れるような感覚と微かに速まった鼓動を無視して、おかしいに決まっていると心の中だけで呟く。 可愛いというのは私のような笑うことすらまともにできない傷だらけの男に使う形容詞ではない。 とはいえ鴻池の言葉を否定するわけにもいかずだんまりを決め込んでいると、目の前の締りのない顔がふにゃりと歪んだ。 「……長次は変わらないねぇ」 そうだ。 私は変わらない。 鴻池のことを否定せず、いつだって鴻池のされるがまま。 ただ一つだけ変わったところがあるとするならば、そうしている理由だけ。 自分のなにが彼の琴線に触れて、どうして鴻池が近寄ってくるのかがわからないから。 変わって鴻池が離れていってしまったら今の私はきっと耐えることができないから。 「長次は、本当に」 そこでどうして悲しそうな顔をするのか教えてくれたなら、私も変われるかもしれないのに。 |