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「あいつ自分がちょっと出来るからって俺たちのこと馬鹿にしてるんだ」

入学して数週間がたったころのこと。
今はもういない同級生が苦々しい顔で放った小さな悪口は当時の『あいつ』にとって避けようのない評価だった。
鼻をたらして野山を駆けていた自分たちとは違いどこぞの貴族かと思うほど見目麗しく、教科も実技もトップクラスの完璧なあいつ。

共に行動するようになり後々知ることになった事実として、それは人見知りで強がりで人に弱みを見せたがらない気質ゆえに作り上げられた
上っ面のみの完璧さだったわけだが、自分のことで精一杯な子供に他人の精神を慮る余裕などあるはずもない。
その可愛気も親しみやすさも一切として存在しない言動は幼い集団の中であいつを孤立させるには十分な要素だった。

いくらしっかりしていても一年生、親元から離れた共同生活での孤立は酷く不安で恐ろしいものだったに違いない。
しかし生来の矜持の高さのためか、それともそのときすでに相当深まってしまっていた溝に諦めを覚えていたのか。
入学してどれほどの時間がたってもあいつは誰かに助けを求めるようなことをしなかった。
そんな矢先のことだ。

『自分がちょっと出来るからって俺たちのこと馬鹿にしてるんだ』

いくら忍者のたまごとはいえまだ十を少し過ぎただけの子供の集まり。
多くのものがその言葉に同意を示し、不満という小さな燻りは言葉を媒体に一気に燃え広がった。
見下してる。
馬鹿にしてる。
自分が特別だとでも思っているんじゃないか。
あいつは嫌な奴だ。

嫌な奴だ。


「違うよ」


カッと熱くなった頭に言葉が浮かんで。
口が動いたような気がして。
その場にいる全員の視線が自分に向かって、俺はようやく自分が、話の流れをぶった切るような発言をしたんだと自覚した。
俺は自分のことをよく言えば温和、はっきり言うと事なかれ主義の八方美人な性格だと思っている。
入学以前の読み書きすら碌にできなかったころから『長いものには巻かれろ、諍いを起こすくらいなら自分が折れればいい』がモットーだったくらいだ。
貶められているのが肉親というのならまだしも、特に親しくもない同級生を庇って火の粉を被るような正義感は持ち合わせていない。
同意して囃したてれば人としての道をはずすし、かといって注意すれば人間関係に角が立つ。
だからいつだってこんな場面では黙って周りに溶け込んでいた。
そうすればいいと思っていた。

「違う」

いままでは、そうだったのだ。

「あいつ、いいやつだよ。俺が手裏剣はずしても怒鳴らないで練習に付き合ってくれたし、知らない漢字の読み方も教えてくれたよ」

しんとした教室に震えた声が響く。
みんなが目を丸くして俺のことを見ていた。
出会ってから数週間もすればお互いの性格などある程度わかるものだ。
誰も俺が反論するなど思っていなかったのだろう。
俺だって自分がこんなこと言い出すなんて考えてもみなかった。
自分自身に物凄く驚きだ。

「俺、い組のなかじゃ一番下でなにやってもうまくできないけど、あいつは自慢したり馬鹿にしたりしないで付き合ってくれたよ」

そう。
頻繁に、とまではいかないが、それでも結構なこと俺はあいつに助けられた。
親しくもないし友達でもないけれど。
他の同級生のように笑って軽口を言い合うこともできないけれど。

「お前は転んだとき助けてもらってた。お前は先生に叱られたときかばってもらってた。
お前はテスト前に勉強教えてもらってたじゃないか。お前もお前も、お前だって」

なぜかあのとき、俺は突き動かされるようにあいつの弁護を口にしていたのだ。


「あいつは、嫌な奴じゃない」


静まり返った教室の中はあまりに居心地が悪く、俺は逃げるように教室を出た。
次の授業が気まずくてしかたない。
きっとその次の授業も昼休みも明日になったってギクシャクしたままだろう。
角を立てないよう接してきたから腹を割って話せるような親友はいないわけで、つまり下手をしたらこれからずっと一人ぼっちだ。
なんてこった俺。
でも全然後悔はしていないんだからなんだか笑えてくる。

「ぁごぐっ!?………え、なに、なにどうしたの何なんで」

変にすっきりとした気分で一人廊下を歩いていると後ろから突然タックルをくらい何事かと首を背に向けて捻ってみれば。

「仙蔵、何で泣いてるの!!」

そこにあるのは、先ほどまで噂の中心だった『あいつ』こと立花仙蔵の酷い泣きっ面だった。
ぐっと結んだ唇を震わせ顔を顰めて声を殺してはいるが、それはどこからどう見てもぐっちゃぐちゃの泣き顔だ。
いつもクールで冷静で自信に満ちていて眉目秀麗文武両道、泣いているところなど想像もつかない仙蔵がぼろんぼろん涙を落として背中に引っ付いている。

仙蔵が、あの仙蔵が泣くなんて信じられない。
しかし今現実に自分の背で仙蔵は泣いている。
そういえば後ろから来たということは仙蔵は教室のほうにいたということだ。

教室のほうにいた仙蔵。
嗚咽を抑えて、顔を見なければわからないほど静かに泣いている仙蔵。
ああなんてこった。

「仙蔵、聞いてたの」

仙蔵が頷くことはなかったが緑の生地を掴む手に籠められた力がすべてを物語っていた。
いわれのない誹謗、中傷、悪口悪口悪口。
仙蔵は全部聞いていたのだ。
あの薄い扉の向こう側で。
あんな、仙蔵と親しいわけでも、友達というわけでもない他人であるはずの自分が聞いていて胸が悪くなった言葉を、仙蔵は聞いていたのだ!

「仙蔵、ごめん、ごめんね。泣かないで仙蔵」

背に張り付いていた仙蔵を剥がし正面に持ってくる。
真正面にある顔はやっぱり酷くて、いつもの澄ました表情などかけらも見当たらなかった。

「ごめん、ごめん」

俺は馬鹿だ。
角が立たぬようにと行動していたのに、仙蔵はこうして泣いているじゃないか。
どうせああやって仙蔵を庇う発言をするのなら、もっと早く、みんなが騒ぎ立てる前に止めればよかったのに。
自分が保身に走ったがために彼が泣いているのだと思うと、たまらない気持ちになった。

「ちが、違う。違うんだ義助 」

ひたすら謝り続ける俺に仙蔵が声をかけてきた。
必死に伝えようとするその声は今まで咽を締めていたせいか顔と同じで酷い声だ。

「あいつらに嫌われていたのは知っていたんだ。今更なに言われたって悲しくなんてない」
「嘘付けっ泣いてるじゃないか!」

あんなの悲しかったり悔しかったりしないはずがない。
俺なら一秒ともたず泣き出しているはずだ。

「嘘じゃない!……泣いているのは悲しいからじゃなくて嬉しいからだよ」
「、嬉しい?」

鼻水を啜って腕でごしごしと顔を拭く仙蔵をみながらこいつでも鼻水なんて出るんだなぁと妙な感慨に浸っていると、ああ駄目だ涙が止まらない、と腕の向こうから声が聞こえた。
その声が妙に冷静でやっぱりこいつはあの立花仙蔵なんだと改めて認識する。

「私はみんなに嫌われていると思っていたから、義助がああ言ってくれたのが嬉しくてしかたないんだ」

そう言ってにこりと笑い、また泣き出した仙蔵をしばらく見つめ俺はそっと声を出した。

「仙蔵、俺と友達になってくれる?」

仙蔵は何も言わなかった。
俺の言葉を聞いた後、何も言わず俺の背中に戻りずっと泣いていた。
次の授業が始まっても仙蔵は背中にくっついたままだったので、俺はその日初めて授業をサボるということをしたのだった。






「何をしているんだ」
「仙蔵、いや、少し考え事をな」

思い出の中よりもかなり成長した、それでも当時から変わらず美しい容姿の友人が横に並ぶ。
あれから年も流れ、今ではもう二人そろって六年生だ。
あのときの同級生たちの多くは最上級生になる前に家の事情やなんやで学校をやめてしまったが、俺も仙蔵も随分と社交性を身につけ今ではかけがえのない仲間が何人もいる。
特に俺たちが出ていったあとで教室へやってきて事情を知るや激昂して十キロ算盤振り回した仙蔵の同室者など心の底から信頼できる一生ものの親友だ。
無駄に個性豊かで気を抜くと尋常じゃない被害を被ったりもするが、とてもいい友人達。
それぞれの顔を思い出し、そして隣にいる仙蔵に微笑みかけた。

「どうした」
「なんでも」

みんな大切で大好きな友達だけれど仙蔵が誰より一等大切で大好きなのだといったら時を経て照れ屋になったこの友人はどんなふうに返してくるのだろう。
答えを聞くのがもったいない気がして、俺はくすくすと笑いながらその言葉を飲み込んだ。