「というわけで、ダブルデートすることになった谷崎君と妹さんのナオミちゃんです」

 太宰さんが、何かを諦めたような力の抜けた顔で言った。
 差し向けられた手の先には、初めてお目にかかる二人の人物。一人は、明るい髪色をした優しげな目元の青年。もう一人は、その彼としっかり腕を組む、濡れ羽色の長髪が艶やかな美少女だ。
 紹介された二人が、改めて名乗りを上げてくれる。

「初めまして、谷崎ッて言います。太宰さんには探偵社でお世話になってます。こっちは妹の、」
「ナオミですわ! 探偵社で事務のアルバイトをしていますの。お目にかかれて本当に嬉しいですわ、みょうじさん」

 こちらがとろけてしまいそうな笑顔を向けられ、私は頬が赤くなるのを感じつつ頭を下げた。

 「こちらこそ、お誘いありがとうございます。みょうじと言います。商社で営業職をやっております。太宰さんには、その……お世話になっております」

 後半はどう言えばいいかわからず、おかしな表現になった。ナオミちゃんが口元に手を遣り、うふふと微笑む。頬をかきながら、谷崎さんが続きを拾ってくれた。

 「なんだかすみません。今日はお邪魔しちゃッて」
 「とんでもないです。お話をいただいたときから楽しみにしていました。探偵社の皆さんには、本当にお世話になりましたので」
 「皆さん、またみょうじさんとお話したがっていましたのよ。他にも、鏡花ちゃんっていう可愛らしい女の子がいて。今度は彼女と敦さんもお招きして、トリプルデートなんていかがかしら?」
 「さすがにそれは大所帯過ぎるんじゃないかな、ナオミ……」

 うきうきと話すナオミちゃんに、苦笑まじりで応じる谷崎さん。私も微笑みながらふと隣を見上げると、太宰さんがここに来たときからほぼ変わらない笑顔で佇んでいた。やっぱり何かを諦めているように見える。

 今日、私達は四人連れ立って、横浜中心部にあるショッピングモールを訪れていた。比較的新しく作られた施設で、三階建ての建物の中には各種のショップや飲食店が揃い、ゲームセンターに映画館も併設されている。ぶらぶらとショッピングを楽しみながら、親睦を深めようという企画だった。
 発案はナオミちゃんらしい。太宰さんによると、私と会って話がしたいと、その熱意にほとんど押し切られる形でお誘いを受けたようだ。そう話す間にも、太宰さんはどこか遠くを見る目をしていた。他にも何らかの経緯があったのかもしれない。

 私としては、緊張もあるが嬉しくもあるお声かけだった。挨拶にもあったように、お二人には初めてお目にかかる。太宰さんとの世間話の中で聞くこともあったが、こうして見ると本当に仲のいいご兄妹で、傍にいるこちらも微笑ましい。
 太宰さんと出会ってからは、こうして度々、探偵社の方々ともお話する機会に恵まれてきた。私一人では到底知り合えなかった人達だ。世間が広がっていくような感覚は大人になると貴重で、とてもありがたく思う。

 「まあ、ここで話していても何だし、行こうか」

 そう言って、太宰さんがするりと当たり前のように私の手を取った。私はぎょっとする。

 「だ、太宰さん、今日はその」
 「え? 何か問題でも、」
 「そうですわ!」

 焦る私。首を傾げる太宰さん。しかしその横から、ナオミちゃんが私の手を太宰さんから奪い取って言った。

 「今日は私、みょうじさんとたくさんお話するつもりでいますの! ですから、こうしましょう」

 ナオミちゃんと私が腕を組む。残された太宰さんと谷崎さんが横に並ぶ。

 「さ、行きましょう」

 ナオミちゃんがにっこりと笑った。私は頷きつつ、ちらりと後ろの二人に目を向ける。谷崎さんは青い顔をして私たちと太宰さんとを見比べ、太宰さんはまた力の抜け切った表情に戻っている。私は不覚にも、ちょっと笑ってしまいそうにった。
 ごめんなさい、太宰さん。


 そうして私達は、しばらくショッピングモールの中を散策した。誰か気になるお店があれば足を止めて眺めたり、少し買い物をしたり。ゲームセンターの前を通りがかったとき、白いミイラのぬいぐるみを筐体の中に見つけて、皆が太宰さんに似ていると言うので挑戦してみた。私とナオミちゃん、谷崎さんがそれぞれ一回ずつ、やってみたけど誰も取れず、最後にコインを入れた太宰さんが器用に一体を獲得した。なんともいえない微妙な表情でそのぬいぐるみを掲げる太宰さん。おずおずと申し出ると、少し複雑そうにしながらもプレゼントしてくれた。うちに飾ろうと思う。
 歩きながら、ナオミちゃんとはいろいろなお喋りをした。なんとなく予感はしていたが、主に私と太宰さんの話になった。どこで出会ったかとか、どちらから好きになったかとか、どういう経緯でお付き合いすることになったかとか。やはり年頃の女の子といった熱量で、恥ずかしがる私からも上手に話を引き出してしまう。けれどもそれと同じくらいの熱量で、ナオミちゃんのお兄さんへの想いも大きく、彼女の話を聞きながら私は妙にドキドキしてしまった。ご兄妹、なんだよね?

 それから飲食店街でお昼を挟み、午後になった。
 再びモールの中を連れ立って歩きながら、ナオミちゃんがふと気づいたように一軒の店舗を指し示した。

 「あっ、私、あのお店のお洋服好きですわ。少し覗いていってもいいかしら?」
 「もちろん」

 私は頷く。太宰さんと谷崎さんも異存なさそうで、私たちの後ろをのんびりとついてくる。
 店内に入ると、私とナオミちゃんは陳列された商品を次々に物色していった。棚に並べられたシャツやブラウス、ハンガーラックに吊るされたボトムス類。目移りが早いので、太宰さんと谷崎さんがコメントを差し挟む余地もない。これはどうかあれはどうかと言い合う私たちを、どこか感心したような目で見守ってくれていた。
 そんなふうに見て回るうちに、ナオミちゃんがワンピースを二着選び取って言った。

 「試着してみますわ。みょうじさんもご一緒に」
 「あ、うん」
 「私もいい?」
 「残念ながら、女性限定ですわ」

 ナオミちゃんがいたずらっぽく笑う。太宰さんは「ちぇー」と唇を尖らせた。

 「それじゃ、ボク達は少し向こうで休ンでるよ」

 苦笑まじりに、谷崎さんが店外に設置されたベンチを指さす。男性二人は、そのままそちらへと向かっていった。

 「行きましょ」

 ナオミちゃんに手を取られ、試着室へと向かう。
 彼女が選んだのは、どちらもシックな色合いのワンピースだった。一着はネイビーブルーのワントーンで、胸元の切替部分から下がジャガード素材になっており華やか。パフスリーブと膝丈な点も相俟って愛らしい印象だ。もう一着は、首回りと背中が少し広めに開いたロングワンピース。袖が白、身頃が深いブラウンのツートンカラーで、大人っぽい雰囲気が漂う。
 ナオミちゃんほどの美少女なら、どちらもきれいに着こなせるだろう。私はわくわくした心持で、カーテンの向こうから彼女が登場するのを待った。

 「お待たせしました」

 やがてナオミちゃんが、ひょこっと顔を覗かせる。カーテンレールの滑る音と共にお披露目された彼女の姿は、やはり思い描いていたとおりの可愛らしさだった。

 「すごく似合ってる! 可愛い」
 「うふふ、ありがとうございます。丈が短過ぎやしませんか?」
 「ううん、ちょうどいいと思うよ」

 聞かれて彼女の足元に目を遣ると、ワンピースの下からほっそりとした素足が覗く。黒い布地との対比もあってか、その色は透き通るように白い。あまりの眩しさに、私はぐっと呻きをこらえた。羨ましい限りのスタイルだ。しばらく見とれていたが、あまり見過ぎても谷崎さんに怒られるような気がして、私はそっと視線を逸らした。
 ともあれ、そのワンピースはナオミちゃんにぴったりだった。彼女自身も気に入ったようで、「それじゃ、こちらいただきますわ」と上機嫌に微笑む。

 「じゃあ、次はこっちだね」

 着せ替え人形ではないけれど、その可憐な姿をもっと見てみたくて、私は手に持っていたもう一着をいそいそと差し出した。
 するとナオミちゃんは一瞬きょとんとして、「あら、それはみょうじさんにと思ってお持ちしましたのよ」と言った。

 「え? そ、そうだったの?」
 「ええ、きっとお似合いだと思って。お気に召しませんか……?」
 「ううん、すごく可愛い服だと思う。でも……」

 私は言葉を濁して、手元の洋服を見つめた。私だって、ワンピースを着ないということはない。けれども、彼女が選んでくれたそれは手持ちの服に比べると一段大人びているというか、どこか色っぽい印象もあって、とても自分が着こなせる型とは思えなかった。この機会にという考え方もあるが、それでもなかなかに勇気が必要だ。
 私はしばらく唸って、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらもナオミちゃんに向き直った。

 「やっぱり、私にはちょっと難しいかな。せっかく選んでもらったけど……」

 謝りながら思わず苦笑してみせると、ナオミちゃんはふと真剣な表情になって私の顔をじっと見つめた。

 「……私、思ったのですけど」
 「ん? 何を?」
 「みょうじさんって、とっても謙虚ですわ。少し過ぎるくらいに」
 「え、そう……?」

 言われて、曖昧に私は笑う。実のところ、図星だった。
 ナオミちゃんはさわりのいい言葉で表現してくれたけど、そう、私は謙虚というより、自信がないのだ。何かにつけて。太宰さんには内緒にしているけれど、彼と出会ってからは特に、そういう思考に陥りがちだったりする。

 太宰さんの手を取ると決めたときに諸々決心したつもりではいた。けれども、何かあるごとに自分と彼とを引き比べてしまう。
 彼の過ごす世界は、私からすると未だくらくらと眩暈がするほどに遠い。そんなところにいる人たちを知り、その姿を見て、ときに手を差し伸べられたりする度に、私は嬉しい反面変に尻込みしてしまう。
 今、目の前にいるナオミちゃんについてもそうだ。事務員とはいえ、彼女もまた武装探偵社の一員。荒事も日常業務の一部として抱える職場で、差し迫った事態に対処せねばならないことも少なからずあるだろう。この年若さでそんな環境を生き抜く彼女は、私にとって眩しいほどに強く美しく見える。
 太宰さんの周囲には、他にもこんな女性が大勢いる。そう思いついてしまうと、どうにも自分を肯定する気持ちがしぼんでいく。

 誤魔化すようにはにかむばかりの私に、ナオミちゃんは何事かを考えこんでいるようだった。
 けれどもふと、その目元を緩めると、白く嫋やかな指先で私の手を取った。

 「大丈夫ですわ」

 語りかけるような声音が、私の耳をくすぐる。そこには、誰の気持ちも落ち着かせる温かさがあり、どこか秘め事を囁くようなひそやかさもあった。

 「みょうじさんは、ご自分が思うよりずっと素敵です。それに、これからもっと素敵になりますわ」

 ふわりと、艶やかな輝きがその細面に浮かぶ。

 「だって、愛は女性を美しくするんですもの」

 そうして微笑む彼女は、とても年下の女の子とは思えない、魅惑の華のようだった。


 「嘘じゃありませんわ、だって私も先日、兄様と……あらいけない、これは二人だけの秘密でしたわ」

 そう付け加えて頬を染める彼女に、私はハッとして、それから思い出したように赤面した。胸がドキドキしている。今、危うく新しい扉を開くところだった気がする。
 そんな私をよそに、ナオミちゃんは気を取り直すようにてのひらを合わせると言った。
 
 「さあ、おわかりいただけましたらみょうじさん、そちらお召しになって。きっとお似合いですわ。それで、また今度、太宰さんに見せて差し上げてください」

 そうして指し示された洋服に、私は改めて目を落とす。手に持ったままのワンピース。そのデザインは当然、先ほどと何一つ変わっていない。それなのに不思議と私の目には、どこかなにかが違っているかのように映った。

 人からすれば、些細なことかもしれない。けれども私の胸のうちには、一歩前に進んでみようという勇気が、小さくも確かに芽生えつつあった。

 「……ありがとう、ナオミちゃん」

 少しこそばゆくも感じるその気持ちを噛みしめ、私は小さな声で感謝を告げる。
 ナオミちゃんは、きらきらとした笑顔で応えてくれた。




 *

 その頃、太宰達は。

 「……ねえ、谷崎君」
 「ハイ? 何でしょう、太宰さん」
 「私は今日、君とデートしに来たんだっけ?」
 「うえっ!? いやッ、あの、それは……なんかホントに、スミマセン……」

 店外のベンチにてそんな会話が交わされていたことを、女子二人は知る由もない。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -