週が明けて、月曜日になった。その週、私は二日間の出張と納期が迫る案件をいくらか抱えていたので、常より増して慌ただしいスタートを切っていた。
 忙しさにかまけて、太宰さんとは連絡を取れなかった。いや、何度か試みようとはした。けれども、端末を開き、アドレス帳の表示を見つめてはしばし考え、結局何もせず画面を落とすという意味のない行為を繰り返すだけだった。

 あの日、太宰さんの気持ちを知った私は、何も答えられずその場を去った。どうすればいいのかわからなかった。
 私は太宰さんに恋している。これはもう、否定しようのない事実だ。いつからと問われれば、きっと最初からなのだろう。初めて向かい合い言葉を交わした、うずまきでの時間。あのとき微笑みを向けられて以来、私の太宰さんを想う気持ちは膨らむばかりだった。
 けれども一方で、その想いを見ないようにする自分もいた。思い出されるのは、あの廃工場での出来事。成す術もなく囚われた自分と、速やかに事態を収束させた太宰さん。対照的な立場が、住む世界の違いというものをあまりにも鮮明に私へ突き付けた。
 太宰さんには、人に手を差し伸べる力がある。けれども私には、何もない。これまで見てきたもの、これから歩むべき道も全く違っているのだろう。私と太宰さんでは、釣り合いが取れない。一方に傾くばかりの関係は、いつの日か双方にとって重荷となる。
 つまり私は、太宰さんの気持ちに応える自信がなかった。その手を取ることに怯みを感じていた。考えれば考えるほど思考は沼のように落ち込み、仕事に忙殺されるのを理由に、そこから逃げていた。


 そうやって過ごすうちに、また一つ週をまたいだ。水曜日の朝。
 いつものように出社した私は、がらんとした事務所の様子に目を瞬いた。誰もいない。明かりもついていない。窓から差し込む晴天の朝日が、散らかったデスク上や席を区切るパーテーションをほんのりと照らしている。静かな空気の中、宙に舞う細かな埃だけが音もなく漂っていた。
 そのパーテーションの内一枚の向こうから、ひょいと顔を出す人があった。誰もいないとばかり思い込んでいたために、私は肩を跳ね上げる。部屋の中央辺りのデスクに現れたその人物は、別の係に籍を置く私の同期だった。

 「あれ、みょうじさんも休日出勤?」

 そう問われて、私は彼の言っていることがわからず首を傾げた。

 「休日?」
 「えっ、もしかして忘れて来ちゃった?」
 「忘れて……?」

 ますます疑問顔になる私に、彼はおかしそうにしながらついと腕を伸ばし、私の向かって左手壁面を指さした。その方向へ視線を向けると、そこにはいくらかの掲示物があり、その隣には白いスケジュールボードが掲げられている。日毎に縦書きで行事が記入されたその中の、本日の日付に目がとまる。
 そこには赤字の角ばった筆跡で『創立記念日』とはっきり記されていた。

 「……ああっ!」

 思わず声を上げる。そんな私の様子に、彼は少し呆れた調子で言った。

 「昨日、朝礼でも言ってたでしょ」
 「うん、言ってた……うわあ、すっかり忘れてた……」

 頷きつつ、昨日のことを思い出す。
 我が社はありがたくも、毎年の創立記念日を社の特別休日と定めている。ただ、日付の所為でこうして何でもない平日に突然挟まれることが多く、そのため前日、念押しの通達があったのだ。毎年のことだからと聞くともなしに聞いていたせいか、今朝になってきれいに頭から抜け落ちていた。
 まあ、ぼんやりしていたのはそれだけが理由ではないわけだが。胸中で一人ごち、私はがっくりと肩を落とす。

 「ドンマイ。まあそのつもりじゃなかったんなら、さっさと帰って二度寝しなよ」
 「うーん……いや、もう出てきちゃったし、私も少しやってこうかな……」

 言いながら自席へと向かおうとする私に、しかし同僚は少しばかり声を潜めて言った。

 「でも、大丈夫? 部長、こういうのけっこううるさいじゃん。俺は申請してあったからいいけど」
 「う……」

 私は呻きを漏らし立ち止まる。彼の意見には一理あった。
 確かに、今年からうちの部署に配属となった部長は、部下の時間外労働について事細かに点検を行う人物だった。管理職として気を遣う部分も多かろうし、部下としても労働環境に気を配ってくれる上司というのはありがたいものだ。ただ、その逐一のチェックがあまりにも厳しい。今日のように、予め休日と触れがあった日に勤務の事後申請などしたら、かなりの難色を示されるだろう。
 部長に目をつけられるのは避けたい。だからと言って無給で働くのはごめんだ。

 「………………帰ります」

 数秒ほど悩んだ末に、私はため息をついた。踵を返し、また事務所の出入口へと向かう。
 同僚は、「おう、帰れ帰れ」と笑って手を振ってくれた。彼も昼には切り上げる予定とのことで、私は健闘を祈りその場を後にした。


 ビルから出て数歩歩いたところで、ため息をつく。さて、これからどうしたものか。時刻はまだ朝の九時も回っていない。
 普段ならば、降って湧いたような休日を喜んで満喫しただろう。けれども今ばかりはそれも難しい。このまま出かけるような気分でもないし、と言って家に帰っても、また答えの出ない問答を延々と繰り返しベッドに沈み込んでいくだけだ。やっていられない。
 悩みつつ通りを歩いていくと、居並ぶ建物のうちにコーヒーショップを見つけた。黄色がアクセントとなったポップな看板はいまや全国どこでも見られるお馴染みのデザインだ。私はなんとなくそちらに足を向けた。よく使う店というわけでもないが、一人席も多いその店舗は考え事をするのに適当ではないかと思ったからだ。
 
 自動ドアをくぐり、正面のカウンターで注文をする。朗らかな店員さんからその場で受け取った珈琲をトレイに乗せ、奥の空いている席に腰を落ち着けた。
 砂糖もミルクも入れないままに一口、口をつけ、その黒い液体を喉の奥に流し込む。美味しい。
 けれども条件反射的に思い出されるのはうずまきで飲んだあの珈琲の味で、それに比べると、どういうわけか途方もなく、

 「苦いなあ……」

 小さく小さく呟いて、私は頬杖をし損ねたようにずるずるとテーブルに突っ伏した。

 *

 結局、その店には昼過ぎまで居座った。私がぼんやりと物思いに沈んでいる間にも、何人かのお客さんが近くの席に着き、また去っていった。珈琲一杯での最長記録には自分でも驚き、お店への気まずさからいくつかテイクアウト可のお菓子を追加で購入し店を出た。
 通勤用のバッグを肩に、手には紙袋を提げて再び街を行く。平日の昼間ということもあり、人通りはまずまずといったところだ。穏やかな秋の日差しを浴び、とぼとぼと通りを進んでいく。


 どのくらい歩いただろうか。気づけば、私は見覚えのある建物の前で立ち止まっていた。ちょうど道の角に張り出すように建てられた、深い赤色の煉瓦造りの建物。一階部分の入口、その先は喫茶店へと続いている。ぴかぴかと陽光を照り返す木枠の扉の前で立ち尽くす。
 呆然とする気持ちとは裏腹に、いずれここへ足を向けるのは決まりきったことだとも思えた。それでも中へ入ることは躊躇われる。あんなに気に入って、つい最近まで足しげく通った店であるというのに。理由は言わずもがなだ。
 窓ガラス越しに見たところ、店内に太宰さんの姿はない。けれども以前、彼と交わした会話の中で、ここは武装探偵社員の憩いの場所でもあると聞いた記憶がある。と言うことは、何かの拍子にふらりと彼が訪れる可能性も大いにあり得るわけだ。
 
 もしも鉢合わせてしまったらどうしよう。私はまた逃げ出しやしないだろうか。伝えたいことも、話すべき内容もまとまっていない。あれからもう随分時間が経つというのに、未だこんな有様の私がここにいてもいいのだろうか。

 悩む私の目の前で、不意に扉が開いた。ハッとして慌てて後退ると、眼鏡を着けた気の良さそうな老紳士が店を出るところだった。
 その人は店の前で固まる私に気づくと一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに穏やかな微笑を浮かべ会釈と共に通り過ぎていった。また慌てて頭を下げながら、私はその後ろ姿を見送る。

 背中を押されたということでもないが、ふいに決意のような気持ちが湧いてきた。とにかく、こんなところでいつまでもぐずぐずしていたって仕方がない。私は軽く息を吸い込むと、店のドアノブに手をかけた。


 チャイムと共に扉をくぐると、すぐに出迎えの声がかけられた。

 「いらっしゃい……あら、あなた……!」

 しかしその定型句は最後まで続かず、代わりに妙に感情のこもった声で呼びかけられ、私はその場で目を丸くする。
 見ると、声の主の顔には見覚えがあった。恐らく今の私と同様、驚きの色に染まった表情。薄く色づく頬がそこにまだあどけない可愛らしさを添え、こちらを振り向いた拍子に揺れたおさげは燃えるような赤色をしている。
 私は思い出す。あのとき、初めて太宰さんとお茶したときに給仕をしてくれた、あの女の子だ。物怖じしない態度に、あの太宰さんでさえ一刀両断されていた様子が印象深い。
 女の子は給仕用の銀盆を抱えたままこちらに駆け寄ると、堰を切ったように私に問いかけた。

 「あなた、こないだは大丈夫だった? 怪我はなかったの? 私、本当に悪いことをしたと思って……」
 「え……えと? あの、すみませんけど、いったい何のお話を……?」

 戸惑いつつ聞き返す私に、女の子はハッとしたように頬に手を当てた。

 「やだ、私ったら、ごめんなさい。ずっと気になってたものだから、つい。探偵社の方から話には聞いていたけど、ようやくあなたと再会できて……」

 焦ったように目をきょろきょろとさせるその女の子。こないだ、に続けて探偵社という単語が絡み、私の中でようやく彼女が言わんとすることに理解が及んだ。
 彼女は恐らく、先日の誘拐事件のことを言っているのだろう。私は太宰さん個人とは親しく交流こそすれ、その彼が属する武装探偵社とは何ら関りを持たない。あるとすれば、先日のあの騒動で被害者として保護してもらったことくらいだ。
 けれども、どうして彼女がそのことを気にするのだろう。そもそも、なぜ知っているのだろう。溢れる疑問に、私は言葉を選びながら尋ねた。

 「あの、もしかして、私が連れ去られたことを言っておられるんですよね。けど、どうしてそれをご存知なんですか? それに、こんなに気にかけていただけるなんて……確かあなたとは、一度お会いしたきりだったと思うのですが……」

 私の言葉に女の子は頷き、それから少し肩をすぼめて言った。

 「実はあのとき、私その場に居合わせたの。ちょうどお店のお遣いに行くところで。遠目だったから、すぐにはあなただって確信が持てなくて、そうしたらあれよあれよという間に連れていかれちゃうじゃない。それで慌てて武装探偵社に通報したの」

 私は驚いた。そしてようやく合点した。助け出されたときの敦君の言葉が蘇る。
 そういえば、彼らの早過ぎる登場に焦る男達に向けて、目撃者がいたと告げていた。そこから更に記憶は遡り、私が車に押し込まれたとき。遠くの方で、確か女性の叫ぶような声が聞こえていた。一瞬のことで、誰の声か、何と言っていたかはまるでわからなかったけれど、まさかあのときの声の主が、彼女その人だったとは。

 「私がすぐに判断して声をかけていれば、あなたがあんな目に遭うこともなかったのに。謝りたかったの。本当にごめんなさい」

 翡翠の瞳に陰りを差して俯く彼女に、私は慌てて否定の声をあげた。

 「そんな、とんでもない! あなたが通報してくれたおかげで、あんなに早く助けてもらえたんです。結果的に何もありませんでしたし……むしろお礼を言わせてください」

 そう言うと、彼女は伏せていた目線をゆっくりと上げる。やがて私の表情を確認すると、安堵したように、はにかみながらも微笑んでくれた。

 「……ありがとう。……あっ、お名前、まだうかがってなかったわね。私はルーシー。あなたは?」

 ルーシー。やっぱり外国の人だったんだなと、その愛らしい響きに惚れ惚れとする。

 「みょうじなまえです。……えっと、ルーシーちゃんって呼んでもいいかな」
 「もちろんよ。よろしくね、なまえちゃん」

 私たちはお互いの名前を呼び合い、微笑んだ。静かな午後の喫茶店の一角に、ふんわりと花が咲くような雰囲気だった。


 と、その空気をかち割るように、お店の奥から出し抜けに声が投げられた。

 「へえ、それじゃ君が太宰のいい人かあ!」

 私はぎょっとする。突然聞こえた太宰さんの名前にもそうだが、続く「いい人」という単語の意味を処理し切れず、凍り付いたまま声のした方に目を遣った。

 「ちょっと、あなたねえ……いきなりそれは不躾なんじゃなくって?」

 ルーシーちゃんも呆れたように振り返る。その肩越しに、お店中央辺りのボックス席が目に入った。ここからではソファの背もたれに隠れその全体は見えないが、どうやら二人の人物がこちらに顔を覗かせている。
 ルーシーちゃんがそちらに足を向けた。つられて私も、その後を追いかける。
 席には男の人が二人、座っていた。
 一人は私たちに向けて声をかけた人物。外跳ねの黒髪に利発そうな切れ長の瞳。物語の中の名探偵を彷彿とさせる服装が印象的で、机上には揃いの帽子まで置かれている。しかしこの人、年齢がわからない。私より年上のようにも、年下のようにも見える。手元のメロンクリームソーダや蛇腹に折られて遊ばれた形跡のあるストローの空袋からは幼い印象が漂うが、なんだか読めない人だ。
 もう一人、こちらは少年と言って差し支えないだろう。明るい金髪にそばかす、着古されたオーバーオールは彼の素朴な雰囲気によく馴染んで、背中へ回した麦藁帽子が太陽を思わせる。ここらではあまり見かけないタイプの、牧歌的な少年だ。丸い瞳がこちらを見上げて、にっこりと微笑んだ。手にはオレンジジュースを持っている。

 「ええと、何かその、誤解があるようなのですが……」

 何から言ったものか。私はひとまず、先ほどの言葉にそう返した。それにまず反応したのは、やはり黒髪の人の方だった。

 「なあんだ。まだなのか」

 まだとは、これまたどういう意味で言っているのだろうか。困惑する私に、金髪の少年が初めて口を開いた。

 「まあ、立ち話も何ですし。どうぞ」

 そう言って席を少し横にずれ、空いた所をぽんぽんと手で叩き促してくれる。私は向かい合って座る二人の顔をしばらく見比べていたが、やがて勧められるまま、おずおずと少年の隣に腰かけた。その様子を見守っていたルーシーちゃんが、諦めたようにため息をつく。

 「珈琲でいいかしら?」
 「あ、うん。お願いします」

 頷き返すと、少し微笑んで席を離れ、カウンターの向こうへと戻っていった。
 私は改めて二人に向き直った。

 「ええと、お二人は……? 太宰さんのお知り合いですか?」

 そう尋ねると、向かいで黒髪の人が答えた。

 「知り合いというか、同僚だよ。この上で働いてる」

 そう言いつつ、立てた人差し指で店の天井を指さした。太宰さんの同僚で、この上で働いている。つまりこの二人も武装探偵社の社員ということか。隣を見ると、金髪の少年も笑顔で頷いている。私は初めて敦君に会ったときのように感心した。武装探偵社の社員さん方は、随分と年齢層が若いようだ。

 「先日は災難でしたねえ」

 少年がのんびりと、けれども気遣わしげに声をかけてくれた。

 「あ、いえ……その節は本当に、」
 「災難って言うなら僕もだよ! 僕だってあの事件の被害者さ」

 応えようとした私の声に被せ、黒髪の人が口を尖らせながら言った。その言葉に、私はまたも驚く。

 「えっ? 被害者って……どういうことでしょう?」
 「太宰から聞いてない?」

 そうして、その人は当時の探偵社での様子を語ってくれた。私にも聞かせてやらないと気が済まないと言うように。


 あの日、ルーシーちゃんからの通報を最初に受け取ったのは敦君だった。どうやら切迫した事態だということは会話の外から見ても伝わり、その場にいた全員がそれとなく敦君の声に耳を傾けていた。
 そのうち、電話からの話を聞いていた敦君が困惑したように言った。

 「え? うずまきでも見かけたことのある女性……? 太宰さんと?」

 それを聞いた瞬間、太宰さんの顔色が変わった。敦君から電話を受け取ると、ルーシーちゃんと話を始める。

 「あんなに血相を変えた太宰は初めてで、なかなか見物だったよ」

 ストローの先でアイスをつつきながら、黒髪の人は言った。
 電話はじきに終わった。太宰さんは状況を他の社員に手短に伝えると、敦君、それから彼にも共に現場へ向かうよう声をかけた。彼は「なんだか面白そうだったから」ついていくことに決めたと言う。三人はタクシーを拾って、私が連れ去られた現場へと向かった。

 「着いたら早速、僕の超推理で犯人の人数、目的、行く先も全て見破った。まったく、事件そのものは面白くもなんともなかった。僕はその場でやる気がなくなったんで、敦君と一緒に帰ろうとしたんだ。そしたら」

 「すみません、敦君は連れていきます。乱歩さんは誰かに迎えに来てもらってください」そう言って太宰さんは敦君をタクシーに押し込むと、そのまま廃工場へ向かったそうだ。

 「信じられなかったね。僕を置いていくなんて! あそこからじゃ探偵社はちょっと遠いし、道もわかんなかったし。僕は完全に帰る手段を絶たれたわけだ」

 「ねえ、賢治君?」と、そこで彼は金髪の少年に話を向けた。

 「はい、僕もびっくりしました。ちょうどお仕事の帰りに通りがかかったら、道端で乱歩さんがつまらなそうに通行人の職業当てゲームをしていたんですもの」
 「あのまま賢治君が来てくれなかったら、僕は街中の人間の職業を知り尽くすところだった」

 そこでちょうど、ルーシーちゃんが注文の珈琲を運んできてくれた。

 「彼女は行かなきゃいけないところがあるって言うし」

 じろりと目を向けられて、ルーシーちゃんはソーサーに載せたカップを卓に置きながら面倒そうな顔で応じた。

 「仕方がないじゃない。お遣いがまだだったんですもの。というか、またタクシーを拾うなりして帰ればよかったじゃないの」
 「そんなの癪だからやんない!」
 「じゃあ、バスとか鉄道とか……」
 「乗り方わかんないもん」
 「もう、わがままなんだから……」

 疲れたように首を振りつつ、またカウンターへと戻っていった。

 「とにかく!」乱歩さん、と呼ばれたその人は続けた。

 「あんな仕打ちを受けたのは初めてだった。詫びとして太宰には後日、駄菓子をしこたま買ってもらったよ」

 そう言って思い切りクリームソーダを吸い上げ、その話は締めくくられた。


 あの日、探偵社の方ではそんなことになっていたとは。初めて聞く話に、私は目の前の彼に対して申し訳ないやら恥ずかしいやら、いろいろな感情でいっぱいになった。
 けれどももっと申し訳ないことに、その中でも一番に私の胸を締め付ける思いがあった。
 太宰さんに会いたい。会ってもう一度、まだ許されるなら話がしたい。

 そんな私の心を読んだように、向かいでふと彼が落ち着きを取り戻した調子で問うた。

 「太宰がどこにいるか知りたい?」

 私はどきりとした。

 「えっ……えっと、その。今はお仕事中ですよね……」
 「奴なら今日は非番だよ」

 そう言われて、私は気づかれない程度落胆した。「けど」と彼は続ける。

 「どこにいるかくらいわかる」

 「知りたい?」もう一度問われて、私は息を呑んだ。深い森のような翠の目には、何もかもを見透かされているような心地がした。
 それでも私は、意を決し頷いた。

 「知りたいです。教えてくれますか?」

 そう返すと、彼はしばらく私を見つめて、やがて愉快そうに唇で弧を描いた。

 「仕様がないなあ」

 そう言って伸びをするように両腕を伸ばす。

 「僕は名探偵だからね。まあ、こんなのは推理の内にも入らないけど。……あっ、でも一つ、条件がある」

 しかし思い出したように彼が身を乗り出すので、私は緊張しつつ問い返した。

 「な、何でしょう?」
 「こないだ君がウチに送ってくれた焼き菓子。あれ美味しかったから、また食べたいな」

 そう言って笑顔を輝かせる彼に、私はきょとんとした。焼き菓子。そういえば、そうだった。太宰さんとのデート準備でくらくらと眩暈を覚えながらも、なんとかこれだけはと思い、探偵社へ宛ててお礼方々焼き菓子のセットを送ったのだった。そうか、気に入ってもらえたのなら、良かった。
 私はふと肩の力が抜けて、笑って応えた。

 「……そんなことでよければ、喜んで」


 それから乱歩さんは、太宰さんの居場所を教えてくれた。彼はほんの少しだけ窓から外の様子を眺めると、「今日は川だな」と言った。どの川の、どの辺りを探せば良いかまで教えてくれた。いったいなぜそんなことがわかるのかと問えば、「今日の天気気温湿度ならまあそこらへんだろう」とのことで、私は更にわからなくなってとりあえず感心した。
 それから珈琲を頂いて少しして、私は席を立った。帰る前に思い出し、行きがけコーヒーショップで購入したお菓子をお礼として袋ごと彼らに進呈した。「やったあ!」「ありがとうございます!」と喜んでくれる二人に微笑んで、最後にルーシーちゃんにも手を振りつつ店を後にした。

 *

 乱歩さんの助言に従い、私は鶴見川へと向かった。ヨコハマ市内を通り、海へと注ぐ大きな河川だ。川の名前は、そのまま河口が位置する区の名称ともなっている。
 この付近を探せば良いと教えてもらった場所は、調べてみると鉄道の駅から近かったので、私は列車を使いその河川敷までやって来た。車両を降り、歩く途中で既に時刻は西日が差す頃合いとなり、傾いた日の光が揺れる川面に輝きを撒いていた。

 河川敷は整備され、両岸には散歩にも良さそうな道路が敷かれている。その上に立ち止まり、私は辺り一帯を見回してみた。開けた視界は、川の向こう岸までもよく見通せる。しかし、人の姿はまばらだ。時折、犬の散歩に来た人がどこからか道の上に姿を現し、また視界の端へと去っていく。首を左右に振ってみても、見渡す範囲に太宰さんらしき人影は見当たらなかった。

 乱歩さんの予測が外れたのだろうか。私はふと心配になる。自信ありげ、というよりも、まるで当たり前の法則でも説くような調子で教えられたものだから、すっかり頼り切ってここまで来てしまったのだが。
 これでだめなら、他にはもう当てなどない。今日のところは、大人しく引き返す他ないだろう。残念ではあるが、予測は予測だ。何だって、思い通りにいかないことはある。
 心の中ではそう自分を納得させながらも、私はもう一度の期待を込め、改めて周囲を見渡した。
 舗装された道と、その下に広がる河川敷と、それから川と。後はその川の上に、青い櫛をいくつも横に並べたような形の水管橋がかかっているだけだ。

 ところが、ふとその水管橋の方へと目を向けたとき、その上に佇む影を発見した。ここからでは遠いが、背の高い人のように見える。
 この設備は通行用ではなく、河川管理のためにあるものだ。そのような場所で、人の姿を見かけることは珍しい。水道局の職員さんが、何か点検にでも来ているのだろうか。私は遠目に、その姿に目を凝らした。そして見開いた。
 
 その人影は、太宰さんだった。見間違えるはずもない。あの長身痩躯を包む、砂色のコート。点検に来た人が、あんな裾の長い服で作業に当たるわけがない。
 そして更に驚いたことに、彼がいるのは橋の中央を渡る管理用通路、その外側だ。なぜそんな危険な所にぼんやりと立っているのか。状況が上手く飲み込めないながらも、私はそちらへ向け思わず駆け出していた。走りながら、慣れない大きな声で叫ぶ。

 「太宰さん!」

 開けた河川敷の空に、私の声が響いた。
 ふと、その人もこちらの様子に気づいたようだ。体を預けていた手摺から背を浮かせ、こちらを覗き込むように手で庇を作っている。通路の外側は掴まれそうなところも何もない、ただ丸くて太い管が渡されただけの場所だ。その上で身じろぐ様子がただただ危なっかしく、私はまた叫んだ。

 「何してるんですか、降りてください!」

 しかしどうやら、私の言葉は川面を吹く風に飛ばされ彼の元まで届いていないようだった。彼もこちらに向けて何事かのたまってはいるが、言語として私の耳にまでは届かない。
 そうこうしているうちに、一際強い風が河川敷一帯に起こり、私の体を叩いた。水辺を渡る風は遮るものが何もない分、街場より多くの空気をさらっていく。その風はもちろん川の直上にいる太宰さんの足元にも吹き付け、直後、彼の姿勢がぐらつき傾いた。

 悲鳴を上げる間もなかった。支えを失った太宰さんの体は、真っ直ぐ音もなく、夕日にきらめく川面へと落ちていった。人一人分の重さが、盛大な水飛沫を巻き上げる。
 私はその場から道を逸れ、河川敷へと続く傾斜を駆け下りた。水道橋の袂にはもう随分と近づいていた。太宰さんが落ちた辺りに目を走らせても、波立つ水面が揺れるだけで、人の姿は見えない。

 肩にかけていたバッグは、下草の茂る地面へと無意識に放り投げていた。パンプスは途中で脱げてしまうかもしれないということにすら思い至らなかった。私は浸した足の先から水を跳ね上げ、着の身着のまま、流れる川の中へと飛び込んでいった。

 まとわりつく水を振り払い、掻き分けながら進む。太宰さんが落ちた箇所は、ちょうど川の中央近くだった。岸からの距離を考えれば然程のものではないはずなのに、やはり水中では思うように体が前へと動かない。川の流れは、ちっぽけな私の意志になどまるで興味がなさそうだ。前へ前へと進もうとする私を、平然と横から押し流していく。そうすることが当たり前のように。
 やがて足の先が、一段と深くなった川底の石を蹴飛ばした。気づけば私の体は肩まで水の下に沈み、波がぶつかると顔にも飛沫がかかり視界の邪魔をする。私の身長ではぎりぎり立っていられるかどうかの深さだ。両手で水を押し下げるようにして、なんとか浮力を確保する。

 太宰さんはどこへ行ってしまったのだろう。落ちたのは確かにこの辺りのはずなのに。まさか、もっと下流へと流されてしまった? そう考えると、川の水よりも冷たく重い感覚が背筋を滑り落ちていった。もしそうなら、どうすれば。つま先が川底を掴み損ね、水の中を滑った。

 「……っ、太宰さん!」

 私はもう一度、声を限りにして叫んだ。

 そのとき、私の背後で、私が上げたものではない飛沫の音がした。魚が跳ねるような、軽いものでもない。直後、水面下で誰かに腕を取られる。振り返ると、そこにはびしょ濡れの顔で心底驚いたような表情を作る、太宰さんがいた。

 「何してるの、君」

 その声は、聞いたこともないくらいに硬質だった。
 私は彼の顔を呆然と見上げ、胸から全身へと広がる安堵感で、すぐには言葉が出てこなかった。

 「とにかく上がろう」

 太宰さんはそう言うと、掴んだままの私の腕を引き川岸を目指して歩き始める。彼が先を進んでくれる所為か、来たときに比べ水の抵抗は遥かに少なく感じた。ほとんど泳ぐようだった水位もやがて腰の高さにまでなり、ざぶざぶと水を蹴る音を立て私たちは無事、岸へと辿り着いた。


 河川敷へ上がると、私と太宰さんはその場に座り込んだ。服が汚れる、などということは考える意味もなく、二人とも頭の天辺から靴の先までぐっしょりと濡れていた。私たちを中心にその周辺の地面まで湿気るような勢いだ。服を着たままこんなに濡れた経験は初めてで、私は全身にかかる水の重みをしみじみと感じていた。

 太宰さんは私よりもっとひどかった。何しろ数十秒の間は、川の中に完全に潜り込んでいたのだから。立てた膝の上に寝かせた肘の先や、顎、髪の毛、それから全身の服のいたるところから、ぽたぽたと雫を滴らせている。濡れた髪の隙間から、俯けていた視線がふいにこちらに向けられた。

 「…………」

 太宰さんは何事かを言おうとして、しかし薄く開いた唇から言葉は出てこず、躊躇うようにまた目を伏せた。二人の間に、沈黙が落ちる。

 「…………びっくりしました」

 耐え切れず、口を開いたのは私の方だった。

 「何であんな所にいたんですか」
 「……少し散歩に」
 「散歩で入っていい場所じゃないですよ」
 「普通はそうだよね」
 「よく川に財布を落っことすのって、こういうことだったんですか」
 「ああ、うーん……まあ、概ね」
 「どうしてそんな……」

 そこでふと、私は雷が落ちるように思い出す記憶があった。あのときは唖然としていたために、あまりはっきりと覚えてはいなかったこと。初めて出会ったとき、国木田さんから友人に向け成された謝罪。その中の言葉。

 「……もしかしてこれも、自殺の一環ですか?」

 口にした途端、全身ぐしょ濡れのはずなのに、喉だけがからからに渇いていくようだった。話に聞くだけとは違う。目の前でその瞬間を見せられた衝撃は、今まで経験したどんなことよりも強く私の脳を揺らした。
 しかし、太宰さんは少し目線を横にずらすだけで、些かばつが悪そうに答える。

 「いや、今日は川を眺めていただけ」
 「どういうことですか……」
 「本当だよ。けど、思いがけず君が現れたものだから」
 「私の所為ですか?」
 「そういうことではないけれど……」

 それ以上言っても、分が悪くなるだけと感じたのだろうか。太宰さんは珍しく口籠った。私はそんな彼の顔をじっと見据える。
 けれどもその後、彼は泳いでいた視線をまた私に戻すと、少し口調を変えて言った。こちらをからかうような、その裏では窘めるような、どこかに厳しさを含む声だった。

 「けど、何も君まで飛び込むことはなかったじゃないか。私だって肝が冷えたよ」

 その一言で、形勢が逆転した。私は静かに数度瞬きし、頭が重くなるままにしおしおと項垂れた。
 確かに、太宰さんの言う通りだ。まったく考えなしに飛び込んでいた。結果的に太宰さんは無事で、自力で水面へ上がって来られたから良かったものの、これがもし、そうではなかったら。果たして私は人一人抱えて、岸まで辿り着けただろうか? 自分の足元でさえ危うかったというのに。一人で飛び込む他に、もっと安全で確実な方法があったはずだ。誰かに助けを求めるとか。

 やはり私は何もできない。また太宰さんに、かえって迷惑をかけてしまった。わかってはいたが、改めて落ち込まざるを得なかった。
 そんな私に、また太宰さんは声をかけた。

 「……でも、心配してくれたのだよね」

 先ほどより幾分か優しくなった口調に、私は少しだけ目線を上げて彼の顔を見返す。

 「……そりゃそうですよ。心配しました。本当に、何もなくて良かったです……」

 思ったままにそう答えると、太宰さんはなぜか少しだけ笑った。

 「参ったな」

 そしてどこか寂しげに、くしゃりと笑顔を歪める。

 「そんな顔を見せられると、諦め切れなくなる」

 私は息を呑んだ。喉の奥で言葉が詰まる。顔を上げて、太宰さんの瞳を見つめ返す。

 地面にぺたりとつけていた指の先で、とくとくと血が脈打つのを感じる。私はその両手をぎゅっと握り締め、言った。

 「……太宰さん」

 緊張で、またも喉が渇いていくようだった。

 「……白状しても、いいでしょうか」

 そうして答えを待つと、太宰さんもこちらの変化を敏感に悟ってか、ゆっくりと頷いた。

 「……どうぞ」

 その声はやはり、いつもに比べると少しだけ硬い。
 私は息を吸い、吐いて、暴れる心臓をどうにか落ち着かせた。

 「……私、逃げてました」

 そして、そう告白する。

 「自分の気持ちからも、太宰さんの気持ちからも。私と太宰さんじゃ到底釣り合わないって。太宰さんは親切で、素敵な人で、武装探偵社の一員で、人の為になる力をたくさん持っています。けれども私には、そういう特別なところが何もないんです。こわかったんです。私がいたって、また太宰さんに迷惑をかけるだけじゃないかって。実際、今だってそうでした。だからあのとき、観覧車の中では、何も答えられませんでした」

 日が沈みゆく。太宰さんの背後に広がる空が、茜色を差していく。その空の下で、太宰さんは静かに私の話を聞いてくれていた。

 「でも今日、私、聞いてしまったんです。あのとき、私が連れ去られたとき、太宰さんがどれだけ私を心配してくれたか。それで、理解したんです。どれだけ太宰さんが真っ直ぐ、私に気持ちを向けてくれていたか。それから今、強く思いました。私は太宰さんに、私の前からいなくなってほしくない」

 私は今度こそ、太宰さんの目を正面から見つめ返した。あのゴンドラの中で逸らしてしまった視線を、もう曲げないように。あのときに似たヨコハマの夕空の下、もう二度と見落とさないように。

 「今まで逃げて、ごめんなさい。もしもまだ間に合うなら、言わせてください。私も太宰さんが好きです。きっと、初めて会ったときから。……太宰さんは、私とは心中したくないって言ってくれました。それなら、こんな何もない私で良ければ、どうか傍に置いてください。私を、一緒に死ぬ相手ではなく、生きる相手に選んでください」

 どくどくと、心臓が大きな音を立てていた。濡れた服の冷たさなど忘れるくらい、全身が熱く火照っていた。私は言い切ると、口を閉ざし太宰さんの言葉を待った。


 数秒。数十秒。いや、それ以上だったかもしれない。正確なところはさっぱりわからない。
 やがて太宰さんが、肺の空気を全て吐き出すようなため息とともに、後ろに向いて体を倒れさせた。背中が地面を打つ瞬間、どちゃっ、と湿った音が立つ。
 何事かと、私は慌ててその隣ににじり寄った。

 「だ、太宰さんっ。大丈夫ですか?」
 「…………私の告白より、余程熱烈だね」
 「へ」
 「それじゃまるでプロポーズだよ」

 言われて、私はみるみる頭部周辺に血液が集まっていくのがわかった。無論、怒っているわけではない。ただ、猛烈に恥ずかしくなってきたのだ。頭の天辺から水分が蒸発してしまいそうな勢いだった。

 「やっ、えっ、あの、それはっ」
 「違う?」
 「えっ、えっと! その! 生きるっていうのは、ほら、もしも太宰さんが心中したいと思えるような人が現れるまでというか」
 「ふうん?」

 言ってから、それは要らぬ照れ隠しだったと後悔した。額に当てた手の甲の下から、じろりとこちらに向けられる視線が痛い。

 「そのもしもがなければ、君は私と添い遂げることになるけど」
 「そっ………………そうなれば、いいなとも、思います……」

 たっぷりと間を空けた上で、私は降参した。極力の小音量で答える。もう逃げないと決めたのだ。けれども、どうかこのくらいの防御は許してほしい。
 そんな私を下からじろじろ眺めた後、太宰さんは突然、堪え切れないというように笑い出した。そして小さな声で言った。

 「……それも、ある種の心中かもしれないね」
 「え?」

 しかしその言葉はよく聞こえず、私はもう少しと、彼の近くへ身を乗り出した。
 そのとき、不意に太宰さんの手が私の腕を掴んだ。そのまま驚くほど強い力で引き倒され、私は素っ頓狂な悲鳴と共に彼の上へとなだれ込む。なんとか彼を押し潰さないよう地面に手をつき持ちこたえた。
 恐る恐る目を開くと、すぐ傍に太宰さんの顔があった。何が起きたのか理解が追い付かない。今までにない至近距離で、長い睫に縁どられた瞳が瞬く。気づけば、ちょうど私が彼を押し倒すような格好となっていた。
 その状況を認識した瞬間、当然、思考回路はパニック状態に陥る。

 「わっ、あ、すみませ、すぐ退きま、」
 「静かに」

 しかし騒ごうとする唇を、太宰さんの長い人差し指が塞いだ。私は反射的に口を閉ざし、言われた通りに言葉を飲み込む。
 胸がどきどきと鳴り続けていた。見開いた目を瞬くだけの私に、太宰さんはふと目を細めた。間近で見るその表情はこの世の何より美しく、しかしそう思えるのは彼の顔の造りの所為ばかりではない。
 きっとこの目に映る風景は、他の何にも干渉されない、私だけに見えるものだ。

 「初めて君に出会ったとき、かけたかった言葉がようやく見つかったよ」

 太宰さんが言った。

 「……この命果てるまで、どうか君の傍に」

 そうして頬に添えられた手の温かさに、私の目から雫がこぼれた。それは太宰さんの頬に落ち、伝い、そこから先は滲む視界に見えなくなった。

 「……それこそ、プロポーズじゃないですか」
 「そうかもしれないね」

 太宰さんの親指が眦を拭う。そのまま首の後ろに手を回され、私たちは引き寄せ合うままにキスをした。
 柔らかな感触が重なり、離れ、また溶けあうように一つになる。

 ゆっくりと唇を離すと、太宰さんは微笑んだ。

 「……まあ、その自信のなさは追々どうにかするとして」
 「え?」
 「好きだよ」
 「……っ、私もです、う……」

 私は太宰さんの胸に突っ伏して泣いた。その背中をぽんぽんと、優しくあやすように撫でられる。


 地平近くで一番星が瞬く、黄昏時の空の下。
 私たちはようやく、互いの手を取り繋ぎ合った。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -