*「優しいんだな」/ 鐵腸さんと軍医夢主(2023/4/22)
夢主キャラ設定濃い目ご注意!
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 自慢じゃないが、私はエリート軍医だ。どんなふうにエリートかと言うと、ここではあまり関係のない話なので割愛する。
 ともかく大学校を卒業して以来軍医として従軍し、ようようその実力が認められ、このたび軍警最強と名高い特殊制圧作戦群甲部隊、通称“猟犬”の隊専属医に任命された。一月半ほど前のことである。
 軍関係者ならずともその活躍について一度は耳にしたことがあるだろう、あの英雄が率いる部隊への配属に心躍らぬわけがなく、私の前途は意気揚々、ここから更に研鑽を積み重ね、ゆくゆくは軍医総監への道をも歩まんと志新たに日々その任を全うする。
 はずだった。
 この男に目をつけられるまでは。

 今日も朝一番に出くわしたかと思えばしかとこの両手を握り、気障も衒いもない真っすぐな瞳でこちらを射抜く彼に覚えず口元が引き攣る。

 「結婚してくれ」

 極端。

 私は前日の夜にふと思いついた上手い断り文句を、早速だが実践してみることにした。

 「何度も申し上げるようですが、末広さん。お気持ちはありがたいのですが……私、食の好みが合わない殿方は、ちょっと」

 言って、ちょこりと首を傾げて見せる。
 そう、先日、条野さんから聞いたお話。「あの人、同色の食材は食べ合わせがいいとか言って、白米に砂糖をかけるんですよ」
 言語道断だ。そもそも白米には多分に糖質が含まれている。そこに砂糖を上乗せしていったい何のバランスを取ろうと言うのか。他人様の健康を預かる医師として、また実家が稲作農家の身としては、謹んで抗議申し上げたい。

 私からの返答に、片方を花弁で飾られた黄金色の目が数度瞬く。「……ふむ」
 取られた両手がすっと解放され、そのまま顎に手を当て考え始めた彼に私はかすかな望みを抱いた。

 わかってくれたかな?

 しかし、直後なされた意を決したかのような提案に、すかさずツッコミへ転身せざるを得なかった。

 「俺が合わせよう」
 「無理しないで?」

 そして再び笑顔で取られる両手に、今日もまた、私は悟るのだ。

 「優しいんだな」

 どう足掻いても、逃げられない。




*中也さんとクリスマス(2022/12/24)
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 その二人の様子は、傍から見ると奇妙だった。
 横浜随一の高さを誇るポートマフィア本部ビル内の一室。五大幹部が一人、中原中也に宛がわれた執務室。その中央に据え置かれたマホガニーの高級デスクを挟み、男と女が差し向かっている。
 一人はこの部屋の主である、中原中也。革張りのチェアに腰かけ、しかしその高い背もたれには身を預けることなく、やや食い気味な姿勢で手元の書類にじっと視線を注いでいる。その目は信じられないものを見るように瞠目し、眉間には苦悩から現れた深い皺が寄っている。
 もう一方の女は、みょうじなまえ。中也直属の部隊に所属する構成員の一人である。彼女はというとしゃんと伸ばした背筋を崩すことなく、中也に手渡したものと同じ書類について粛々と説明を続けている。この部屋を訪れたときからその表情は一切変わっておらず、淡々として一分の隙も無い事務的な態度だ。
 この対称的な顔色の上司と部下は、今朝方起きた商業施設爆破騒動についての伝達を行っている最中だった。

 なまえの落ち着いた声が響く。

 「犯行グループの目的は施設内に店舗を置く宝飾店への強盗でしたが、ご存知のとおり本施設は保護ビジネスの一つです。連絡を受け小隊を向かわせましたが、敵方が榴弾を一つ隠し持っており苦し紛れにそれを使用。開店前の時間帯でしたので大事には至りませんでしたが、爆破地点周辺二店舗が半壊、他三店舗も被害を受けました」
 「それは大事だろうが」
 「はい。しかし民間人、我が隊共に死者は出ておりません」
 「そりゃ善かった」

 ため息と共に、中也は書類から視線を外し深々と椅子に背をもたせた。
 善かった。それは本心だ。無駄な人死には出ないに越したことはない。建物の倒壊や爆散は、まあこの横浜ではままある話だ。しかし。
 中也は天井を仰いでいた目を、ちらとなまえの方へ向けた。

 「……悪ィな」

 ばつが悪そうに呟かれた言葉に、なまえは目を瞬いた。

 「何で中也さんが謝るんですか?」
 「いや、まあ、そうなんだけどよ」

 中也は持っていた書類をなまえの方に向けて見せた。事細かに、しかし端的に被害報告がまとめられた書類。その一箇所には当然、爆発の被害を受けた店舗名も連なる。

 「店、駄目んなっちまっただろ。……楽しみにしてたのによ」

 なまえはきょとんとした。しかし何の話かということは、もちろん伝わっていた。
 件の商業施設。その中でも今回、爆発の被害を受けた店舗の内一つに、中也となまえが恋人としてクリスマスに予約を入れたレストランが含まれていた。マフィア幹部が利用するには些か庶民的なレストランだ。もっとどこでも、好きな店に連れていってやると中也は言ったが、それでもそこがいいと、なまえたっての希望だった。何でもいつだったか情報誌で見たそこのチーズフォンデュがとても美味しそうだったのだと。それならばと数日前に予約を入れ、二人ともにその日を楽しみにしていたのだが。

 ややあってから、なまえはふにゃりと相好を崩した。事務的な緊張感が剥がれたその頬は、中也の目にもうっすらと赤く染まって見えた。

 「いいんです」

 はにかみながら、なまえは言った。

 「本当はどこでも。だって私、中也さんとクリスマスを過ごせるっていうだけですごく浮かれちゃってるんですから」

 中也は思った。
 絶対いい店連れてってやる。
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