こちらの前日談ですが、どちらから読んでいただいても構いません。

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 なんにもすることのない、昼休みのような時間。アジトに顔を出しているのは、私とトガちゃんの二人だけだった。他のメンバーがどこにいるのかは知らない。何か事を起こすとき以外は全て手前勝手が、私たち敵連合の活動方針なのだ。
 トガちゃんは、つい先日拾ってきたまだ使えそうなビーズクッションの上でごろごろしている。手元には、先日ゲットしたという好きな人の血が入った小瓶。それを眺めつつうっとりしては、時折眠たそうに目を細める。
 そんな彼女の向かいで、私はおんぼろソファに腰かけ雑誌を眺めていた。悲しいかなこちらも拾い物だが、比較的号数は新しい。お取り寄せグルメのページをぱらぱらと繰りながら、ふと目にとまったチョコレートの写真で私は思い出した。

 「そういえば、もうすぐバレンタインだね」

 何を意図するでもなく、話題だけ振ってみる。するとトガちゃんは数度目をぱちぱちさせると、「そうですねえ!」と俄かに起き上がって言った。

 「ね」
 「…………」

 沈黙。

 「それだけですか!?」

 やがてトガちゃんが叫びに近い声を上げるので、私は驚き目を丸くして彼女を見返した。

 「え……そ、それだけだけど」
 「何で! 続きはないんですか!」
 「ええ……つ、続きって」
 「弔くんにチョコあげるとか!」

 私は固まった。それこそ、冷えて固まったチョコレートのように。やがて溶け出すチョコのようにだらだらと流れる汗を感じながら、トガちゃんに問い返した。

 「な……何で知ってるのトガちゃん……」
 「知ってるも何も、見ればわかります。乙女だもん。でも男の子たちは知らないと思います。鈍そうだから」

 しれっと言ってのけるトガちゃん。後半の台詞に少し憐れみを感じながらも、私はひとまずほっとした。
 上手く隠していると思っていた気持ちが、トガちゃんにだけはバレていた。衝撃だったが、これはもう仕方がない。乙女だもんな。そうでなくても彼女は勘が鋭いのだ。いずれ悟られるのは避けようもなかったことだろう。
 しかし。

 「いや……何もしないよ。ていうかできないよ。そんなの」
 「何で?」
 「何でって……」

 それはもちろん、私たちは敵連合だからだ。現行社会に仇なすためだけに集まった犯罪者組織。そこに馴れ合いの感情など不要だろう。……いや、今の私とトガちゃんの会話を聞かれたら、そんなクールなこと恥ずかしくて言えはしないんだけど。
 ともかく、そんな事情で寄って集まっただけの私たちに、バレンタインだなんて相応しくない。まして密かに恋愛感情を抱いている相手に、プレゼントだなんて……私は想像もつかなくて、顔を赤くするどころか青くなった。
 ところが、そんな私の様子をしばらく見つめていたトガちゃんが、やにわにびしっと指さして言った。

 「わかりました。なまえちゃんはビビッてるんですね」
 「びび……!?」

 そういうわけではない。いや、そうでもあるのかもしれない。目を白黒させる私に、トガちゃんは続けた。

 「敵だから恋しちゃいけないとか考えてますね。確かに私たちは悪いことするので忙しいけど、でもそういうこともあったっていいじゃないですか。私なんてステ様に恋したからこそここにいるんですよ? そのステ様がいないのはとっても残念ですけど……けど、なまえちゃんの場合は好きな人がちゃんと目の前にいます。なのに何もしないなんて、贅沢です! 私だってもっとチウチウしたい!」

 両手をぐーにしてぶんぶんと上下させるトガちゃんが可愛い。けど何を言っているのかはよくわからない。それなのに謎の説得力はある。
 押し切られそうな私に、トガちゃんは畳みかけた。

 「私はあんまり興味ありませんでしたけど、バレンタインは年に一度の乙女の一大イベントでしょう? ここで何もしないなんて、むしろ敵の名が廃ります! やろうよ、バレンタイン!」

 ばーんと両手を広げ訴えかけられて、私は頷いているのか何なのかわからない感じに首をかくかくさせた。
 何だかこうも言い切られると、何かした方がいいような気もしてくる。
 悩みつつ唸る私に、ふとトガちゃんは落ち着きを取り戻した声で言った。

 「でも、いきなり弔くんだけに何かあげるのはあからさまですよね」
 「それなんだよねえ……普通に引くんじゃないかな」
 「それじゃ、こうしましょう」

 トガちゃんが、ぱんっと音を立てて手を合わせた。

 「私となまえちゃん二人で分担して、皆にチョコを配るんです」
 「おお」
 「弔くんにはなまえちゃんから渡してください。さりげなく本命チョコ作戦です」

 確かに、それなら特段怪しまれず、自己満足感は満たされる。ちょうどいい案かもしれない。それに、あのメンバーにそれぞれ贈り物をするなんて、どんな反応をするか少しわくわくもしてきた。

 「いいね」

 私は笑顔で頷いた。

 「では、善は急げです。敵だけど。早速チョコ買いに行きましょう」
 「あ……でも、お金使って大丈夫かな」
 「どうせ当面の食料に変わるんです。チョコになったって同じです」
 「トガちゃん強いな……」

 そうして私とトガちゃんは、なけなしのお金を握りしめ街へと繰り出した。

 *

 数日後。都合良くメンバー全員がアジトに揃う日があった。
 バレンタインデーどんぴしゃではないけれど、いつ渡したってそんなに変わらない。アラウンドで十分なのだ。
 私とトガちゃんはメンバーを一所に集めて、発表した。

 「今日は皆さんにプレゼントがあります」

 突然のお知らせに、男共はそれぞれ首を傾げたり訝しげな顔をする。

 「チョコです」

 トガちゃんが手に持ったビニール袋を掲げて見せた。透明なその袋の中には、トリュフチョコレートにささやかなラッピングを施した包みが、計五つ入っている。包装はクラフト紙でシンプルだが、飾りにつけたリボンをそれぞれのイメージカラーにしてみた。トガちゃんの案だ。これがけっこう可愛い。
 ぽかんと口を開けるスピナーの横で、コンプレスがぽむと手を打った。

 「もしやバレンタイン?」

 「そうです」とトガちゃんが朗らかに答える。一方の私は急に恥ずかしくなってきて、意味もなく手元をもじもじさせた。

 「配りますよ」

 そう言うと、トガちゃんは私の手に包みを三つ握らせた。スピナーとコンプレス、それから弔くんの分だ。
 私はバレないように深呼吸して、意を決した。
 一人ずつ順番に包みを渡していく。
 まずはコンプレスから。「いやあ、ありがと。嬉しいねえ」なんて言いながら受け取ってくれる。近所のお兄さんにでも渡している気分だ。
 続けてスピナー。彼は受け取った包みをじっと見つめて、「女子から貰ったの初めてだ……」としみじみ呟いた。普通にきゅんときた。
 トガちゃん陣営からも、わいわいと声が聞こえてくる。主にトゥワイスの歓声だが。可愛いトガちゃんからのプレゼントなのだ、彼が喜ばないはずがない。
 荼毘はというと、受け取ったチョコを摘まむように持って、「毒でも入ってんのか?」とせせら笑っている。相変わらず失礼な奴だ。

 そして最後に、弔くんの前に私は回り込んだ。

 「はい、どうぞ。いつもありがとね」

 我ながら、どこまでも平静な声音だったと思う。実際は心臓が早鐘を打っていたが、こういうとき取り繕うことだけなら、性格上お手の物だ。
 弔くんは四本の指で包みを受け取ってくれた。その手つきはどこか慎重で、うっかり壊さないよう気をつけているふうに見えるのは、私の脳内フィルターのせいだろうか。
 包みにつけた赤いリボンを、それと同じきれいな赤の瞳で見つめて、「ん」と頷いてくれた。

 それから少しの間、私は賑やかに騒ぐメンバーをにこにこと眺めていた。
 こういうことには、あまり縁のない人生を送ってきたであろう私たちだ。始めはいったいどんな顔をされるかと少し心配にもなったが、皆それぞれに喜んでくれたようでほっとした。
 弔くんの方を見ると、意外にも早速包みを開けチョコを食べている。もぐもぐと膨らむ頬に、隣にいたスピナーがぎょっとした声を上げる。

 「死柄木、お前もう食ってんのかよ!」
 「あ? 食いもんなんだから、食うだろ」
 「も、もったいねえ……」

 なぜかしょんぼりするスピナーに、口をもぐもぐさせる弔くん。その様子がおかしくて、私は笑ってしまった。

 ふと、そんな私の横に並ぶようにコンプレスがやって来た。

 「なんか悪いねえ。俺らにまで気ぃ遣ってもらっちゃって」
 「え? どういうこと?」
 「死柄木に、だったんでしょ?」

 ひそめた声で吹き込まれた言葉に、私は弾かれるように顔を上げた。隣に立つコンプレスの表情は、仮面の下にあってわからない。けれどもなんとなく、してやったりと笑うような気配がした。

 「あらら、図星だった」
 「なっ……カマかけたの!?」
 「いやあ、まあ、なんとなく? 男の勘ってやつさ」

 女の勘ならわかるけど、男の勘なんて言葉があるものか。私は口をぱくぱくさせながらコンプレスを見上げるが、言い返す言葉をどこにも見つけられなかった。がっくりと肩を落とす。これだから、大人ってやつは。

 「大丈夫、言いやしないよ」

 言いながら励ますように背中をぽんぽんと叩かれる。

 「けどま、良かったじゃないの。喜んでもらえてさ」

 そうしてこっそりと指さす先に、私は改めて目を向けた。
 早くも二粒目のチョコに手を伸ばしている弔くん。それを何とも言えない目で見守るスピナー。トガちゃんはなぜかトゥワイスにあーんでチョコを食べさせてもらっていて、その横ではなんだかんだ言いつつ荼毘の口元も動いている。
 その風景をしばし見つめて、私は破顔した。
 喜んでもらえて、良かった。

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