自分は昔から“賭け事”の類が得意だった。
代償が大きければ大きい程、私は全神経を集中させることが出来、その力を増すことが出来た。
長年賭け事をやっていれば、曲者も一目でわかる。
あぁコイツは食えない奴だ。コイツは表情を読むのが難しい。コイツは一癖あるな。
私は賭け事の類が得意なだけではなく、イカサマも得意だった。
歳を重ねるごとに、私のイカサマはその巧妙さを増してゆくのだ。
一方もう一人・・・
実は私にはたった一人の弟がいる。
名をテレンスと言って、昔からとても器用なヤツだった。
10歳も年下の弟と遊んでやったのは赤ん坊の時まで。
弟が物心つく頃には、私はギャンブルの道を歩いていたから。
ギャンブルで稼いだ金で買ったお菓子を家にいる弟へ持って帰ることもあったが、弟とはほとんど口を聞いていなかった。
気付けば弟は私とは違う種類の“ゲーム”にはまり込んでいた。
手先が器用な弟が暗い部屋の中でボタンをカチカチッと押している後ろ姿をちらりと見たことがある。
あぁ、最後に会話をしたのは何時だっただろうか?と考えることもなくなった頃、私は25歳になった。
ギャンブルをやっていると、嫌でも女が寄ってくる。
私を騙そうと近寄ってくる女にはもう慣れてしまった。
そんな時だ。
「ふふっ、まぁ、テレンスったら」
「良かったら今度、家に来ると良い」
「家族は?」
「兄が一人。けど、昼も夜もギャンブルで帰ってこない」
街中で、弟と見知らぬ女が親しげに会話しながら歩いているのを見た。
私は女の眼を見た瞬間直感した。
――あぁ、あの女は私の弟を騙そうとしている。
あれは狩る者の眼だ。
弟を騙して何を得ようと言うのか。
あぁ、そうか。金か。我が家は割と金がある方だったから。
何だ。私を騙そうとしてくる連中と同じか。なら簡単じゃないか。
「――やぁ、お嬢さん」
テレンスと別れて一人道を歩いていたその女に、人のよさそうな笑みを浮かべて声をかけた。
「私とお茶でもいかがかな?」
案外あっさりと釣れたその女がカフェの甘い甘い紅茶を飲んだところで、私は目を細めた。
「さて・・・本題に入ろう。私の弟を騙して、いくらせしめるつもりだ?」
「!」
「身に覚えがある、という顔をしているな。そうだ、私はテレンスの兄だ。テレンスから聞いているだろう?私はギャンブラー・・・沢山の“嘘吐き”を見てきた。お前の眼は私と同じ、嘘吐きの眼だ。さぁ・・・言え、本当の言葉を」
女は怯えたような顔で助けを呼ぼうとする。
私は「良いのか?」と尋ねる。
「テレンスに慣れた様子で近づいていたな。きっと、他にも騙した男がいるのだろう?その男たちに、お前のことを話し、お前を破滅させてやろうか?」
「や、止めてよ!」
「ならテレンスから手を引け。お前が思っているほど、テレンスから金は盗れまいよ」
女は屈辱的だという風に顔を歪め、怒りで真っ赤に染まった顔で紅茶のカップを手に取り、私の顔にバシャッとかけた。
「最低!」
捨て台詞のようにそういってカフェを去って行った女。
私はポケットからハンカチを取り出し、顔を拭った。
あぁ、品の無い女だった。
けれどまぁ、あれでもう、弟には近づかないだろう。
別に弟を心配したわけじゃないが、あんな女が私の家でもあるあそこに入るなんて虫唾が走る。
まだ甘ったるい臭いがするな、と顔をしかめながら、私もカフェを出て行った。
あれから1日と経った夜のこと・・・
バタンッ!!!!!
普段は私以外開かないその扉が、乱暴に開いた。
扉を開けたのは・・・怒りの表情を浮かべたテレンスだった。
「・・・何だ、一体どうし――」
バギッ!!!!
私は頬を殴られ、座っていた椅子から転倒した。
「オレのガールフレンドに手を出しただろう!!!!!!」
あぁ、あの女め・・・そういう風に説明したか。
「待てテレンス、誤解――グッ!!!」
腹を蹴られた。
バキリッという鈍い音と激痛に、私は言葉を失う。
まるで私の言葉など聞こうともせず、テレンスは私の腹や胸を蹴っていく。
力いっぱい。まるで容赦ない。
自分はこれほどまでテレンスに嫌われていたのかと実感すると、何故だか胸に小さな隙間が出来たような感覚がした。
「テレンス・・・ゥッ、う゛、ぉ、ぇっ」
肋骨は何本折れただろうか。折れた骨で内臓を傷つけてしまったらしい。口からは血と吐瀉物が出た。
何の抵抗もしない私。
何故って?この弟は、愚かにも真実を知らないからだ。
知らないならそのままで良い。騙されたままで良い。
テレンスの中に女に騙されていたという事実が残らなければ、私が悪でも構わない。
・・・はて。私は何時から弟をこんな馬鹿みたいに大事にしていただろうか。
嗚呼、最初からか。
最初から私は・・・
「ゴ、ホッ・・・て、レンス・・・わる、かった。私が、悪かった」
部屋を自らの血反吐で汚しながら、私は朦朧とする意識の中そういった。
テレンスも、落ち着けば救急車ぐらい呼んでくれるだろう。
意識を完全に失った私が次に目を覚ましたのは、それから一週間後だった。
絶対安静を言い渡されていた私だったが、同じ病室の奴らとポーカーなどをしていたため、ギャンブルの腕は鈍っていない。
退院後、私とテレンスの距離は更に広がり、ギャンブルの世界で私は“天才”と呼ばれるようになった。
スタンドの能力を駆使したギャンブル。もちろん、イカサマにスタンドは使用しない。全ては私自身の能力に頼る。
テレンスとギャンブルで勝負したことはない。
テレンスは人の心を読める。それ即ち、ギャンブルには不向き。
緊張感のない、楽しみの無いギャンブルはしない主義だ。
ギャンブルに明け暮れる中、私は・・・いや、テレンスも、ある一人の王に出会った。
兄弟そろってスタンド使いだった私たちを館へと招いた彼。
私も弟も、何に疑問も持たずに彼の部下となった。
いや・・・私はただ、弟が部下になると言ったから部下になっただけの話。
先に部屋を出されたテレンスと、部屋に取り残された私。
優雅に椅子に座ってこちらを見ている彼、DIO様に「座れ」と椅子を勧められる。
私は「有難うございます」と頭を下げ、DIO様の傍の椅子に腰かけた。
するとDIO様は「なかなか頭のよさそうなヤツだ。どうだ、このDIOの執事にしてやろうか」と、その口ににやりとした笑みを浮かべながら言った。
私はその申し出に小さく微笑む首を振った。
「弟のテレンスの方が、手先が器用で何かと便利でしょう。どうかそちらを傍に置いてやってください」
「ほぉ?このDIOの言葉を断るか」
死ぬかもしれない。しかしこれもギャンブルだ。
あぁ心躍る・・・生きるか死ぬかのギャンブルだ。
「申し訳ありません。私はこの館の外にあるバーでギャンブラーをさせてください。呼ばれればすぐに来ますので」
「そんなに弟が大事か」
「・・・さぁ。ただ――弟を傷つけようとするヤツは片っ端から殺してやりたいと思うぐらいには、大切にしていますよ」
「フッ・・・そうか」
わかった、もう良い。と言って私を部屋の外へと出すDIO様。
部屋の外に出た私は、その瞬間一気に緊張が抜けた。
あぁ、どうやら生きるか死ぬかの賭けは見事私が勝利したようだ。
これで晴れて弟はDIO様の側近ともいえる執事で、私はしがないギャンブラー。
おそらく、テレンスは兄の私よりも自分が選ばれたことに気を良くするはずだな。
私はその顔を確認することもなく、館の外のバーへと出向き、そこで過ごすことにした。
――・・・
「・・・ほぉ。承太郎一行か」
ある日DIO様の命令で、倒さなければならない敵の存在を知った。
偶然にも私のいるバーへとやってきた彼らに、私はギャンブルを仕掛けた。
ギャンブルの天才と言われた私。けれどそれにはおごりがあり・・・
「ゥグッ・・・」
頬に流れた汗が、ぽたりと床に落ちた。
負けた。ギャンブルの極意すらも知らなそうな餓鬼に、負けた。
次の瞬間に殴られた私は、床に背中を叩きつけられた。
全身に痛みは広がったが、それよりも頭によぎったのは、弟の顔。
ギッと承太郎一行を睨みつけた私。
「――弟に手ぇ出したら、殺すぞ手前等」
私は最後にそう吐き捨てて、気絶した。
気絶しながら思う。
嗚呼、なんだ。やはり私は弟が大事だったのかと。
おまけ⇒