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「君の髪、まるで天使のようだね」

テーブルに肘を突きながら薄い珈琲を飲んでいたソイツは、唐突に俺の頭を見てそう言った。




「・・・何だ、欲しいのか?」

「別に買い取る話をしてるわけじゃないよ。まぁ、欲しがる人はいくらでもいると思うけどね」


くすくすと笑いながら俺の髪に触れてくるソイツの手を払いのける。



「勝手に触るな。気色悪い」

「おや、酷い。これでもちゃんと風呂に入ったりしてるよ?僕は綺麗好きなもんでね」


本人の言うとおり、コイツの身体からは貧民街にふさわしくない石鹸の香りが漂っている。




「・・・ふんっ。女を騙して良い暮らしをしてるだけはあるな」

「騙してるとは人聞きの悪い。あっちが勝手に僕にプレゼントをくれるんだ」


肩をすくめてそう言うソイツを鼻で嗤う。

こんなヤツに騙される女の気が知れないな。




「そういう君だって、姿形はいい線いってるんだから・・・こんなの簡単でしょ?」

「お前のように女を次から次へと誑かすような技術は持ち合わせてはいないさ」


「誑かすなんて失礼な。甘えてるだけだよ」

ソイツは女が好きそうな甘ったるい笑み浮かべた。




「まぁ俺にも“そういう客”はいるがな」

コイツとは毛色が全く違う客層だが、いるにはいる。


俺の台詞に「ふーん」と言いながら珈琲に角砂糖を三つも落とすソイツ。貧民街では貴重なはずの砂糖を此処まで雑に扱えるのはコイツを含む一部の人間だけだ。

甘い顔に甘い物が好きな性格、けれど中身は甘くはない。




「あぁ。だから今日は腰を気遣ってるんだ」

「!・・・気付いていたか」


つい顔が歪む。

コイツの前では余裕ある自分でいなければならないと自分自身で決めていたのに・・・!





「身体、気持ち悪くない?うちで風呂入ってく?」

「お前の家じゃなくって、お前に貢いでる女の家だろう?」


「一緒さ。彼女、あの家を僕にくれるって言ってるし」

悪びれも無くそういうソイツ。きっとそろそろ今の女ともおさらばする気だな。次の女なんてコイツならすぐに見つけられる。








「けど、妬けちゃうなぁー」

「何がだ」


「こんな天使みたいに綺麗な君を汚すような輩には触れさせるのに、僕には触れさせてくれないなんて」

さっき手を払いのけたことを根に持っているのだろうか。




「金を払うなら触らせてやるさ」

鼻で嗤いながら言えば、ソイツはあからさまに肩をすくめて「そういう意味じゃないさ」と笑った。




「で?風呂、入ってく?」


「相手の女と修羅場になるのは御免だぜ?」

「大丈夫大丈夫。彼女、昼間は働きに出かけてるから」


しれっとした顔で甘ったるいはずの珈琲を一息で飲んだソイツ。





「お前に貢ぎ過ぎて、金が無くなったんだろうな。哀れなことだ」

「哀れなんて微塵も思ってないのに、よくそういうこと言えるなぁー。僕、尊敬しちゃう」


「そういう女を次々作り上げていって、まだ懲りないお前の方が尊敬するさ」


酷いなぁと言いつつ、テーブルの上に自分の分と俺の分の飲食代を放り投げ、ソイツは席を立つ。

誰も奢れとは言っていなかったのだが、奢ってくれるなら別にそれでも良い。




「じゃ、行こうか」

差し出された手をパシンッと叩き落としながら「あぁ」と頷いた。












「そういえば、まだ君は僕に名前を教えてはくれないの?」

「お前に名前を教えたら、勝手に使われそうだからな」


出会ってから付き合いは長いが、まだお互いの名前さえ知らない。

周囲が呼んでいるコイツの名前も、実は偽名なんだと以前コイツ自身が言っていた。




「まぁ、それは君も同じだよね。君の場合は、僕よりも確実に僕の名前を使いそうだ」


「お互い様だ」

「お互い様だね」


くすくすと笑うソイツの顔をちらりと見て、俺もふっと笑った。








所詮どっちも外道な野郎





(遠すぎず近すぎずなこの関係が心地よいなんて、言ってはやらんさ)




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