心臓が激しく動く。
毎晩の日課。それは・・・
「ナマエ・・・」
愛する人の観察。
鏡の中から彼の様子を見る。
彼の仕事が始まるのは夜。
彼は着崩したスーツ姿で、目がちかちかするような店の中で女共の相手をする。
彼は仕事の始まる前に鏡を見る。
彼は仕事の途中に鏡を見る。
彼は仕事が終わった後に鏡を見る。
俺にとっては短いその時間の中、彼纏う雰囲気は常に変化する。
始まる前の静かな雰囲気。
途中の気だるげな雰囲気。
終わった後の疲れた雰囲気。
どれもこれもが素敵で、俺はどきどきと胸を高鳴らせるしかない。
仕事が終わると彼はしばらく店内でぼーっとして、明け方には家へと帰って行く。
昼間の彼は家の中で眠っている。
その様子は、彼の家の鏡からじっと眺めていた。
時には鏡から出て、彼の枕元でじっと彼の寝顔を眺めた。
寝顔まで素敵な彼に、俺はたまらずキスをしてしまったこともある。
彼は俺の存在に気付いていない。
俺がこんなに愛しているのに、彼はそれをイチミリも知らないんだ。
「・・・ナマエ」
ほら。今日も仕事で疲れた彼はベッドの上でスーツを着たまま眠ってしまっている。
しょうがないなぁ、とまるでホルマジオのような言葉を呟きながら彼のスーツの上着を脱がしてハンガーにかけてあげる。
疲れ切った彼がちょっとやそっとでは起きないことはよくわかっている。
それに彼は、最近悩みが多いから、もっと疲れているんだ。
悩み?それはもちろん、格好良い彼にとっては宿命のようなもの。
彼は恋の多い人だ。いや、あっちが一方的にナマエを愛してしまう。
ナマエは愛される天才だ。そんな彼に俺も魅せられてしまったのだから。
彼の傍にしゃがみ込み、ベッドの縁に膝をついて彼の顔を傍で眺める。
今日もやっぱり綺麗な彼に、俺の顔には自然と笑みが浮かぶ。
疲れている彼の寝顔は、ほんの少し眉間に皺が寄ってしまっているけど、それも素敵。
ずっと眺めているのも良いけど、俺はもう一仕事しないと・・・
ゆっくりと立ち上がり、俺は目当てのものを見つける。
窓の傍に置かれている、写真立て。
その中には、大好きな彼と・・・
彼に相応しくない女の姿。
俺は無言のままその写真立てから写真を抜き取り、びりっと破る。
特に、その女の部分は細切れに。
破いて破いて破いて破いて・・・
そう。あの女の“最期”のように、ズッタズタに。
「ふふっ・・・」
破ったゴミは乱暴にゴミ箱へと捨て、彼の写真にはキスをしてポケットに仕舞い込む。
あぁ、そうだ。
俺はついこの間、彼にすり寄る下品な雌豚を殺した。
任務以外で人を殺すことはあまりないのだが、彼に関しては別だ。
あの女はナマエの上っ面しか知らなかったんだ。
そんな女はナマエに相応しくない。だから殺してやったんだ。
彼を一番理解しているのは俺。
でも彼は俺のことを知らないから、俺が相応しいなんていう馬鹿なことは言わない。
けれどもし・・・彼が俺のことをその眼で映してくれたなら――
「ん・・・――」
「・・・・・・」
彼の口が、あの女の名前を呟いた。
俺はぎゅっと顔をしかめる。
あの女も、最期にその汚い口で彼の名を呼んでいた。
それが非常にムカついたから。彼はお前のものではないのに。
「ナマエ・・・ナマエナマエナマエ・・・俺の方がっ、俺の方がナマエのことわかってる。仕事の大変さも、ナマエの優しさだって、全部知ってる・・・」
彼に駆け寄って、ぎゅっと手を握る。
苦しげな彼の顔を見つめ、俺は少し俯く。
「好き・・・好きだ・・・ナマエ」
ナマエの唇にキスをする。
俺は彼が好きなんだ・・・
仕事で輝く彼も好き。
家の中の、素朴な彼も好き。
だから・・・
「俺を選んで・・・ナマエ」
まだ彼は、俺を見た事もないけれど。
まだ知り合ってもない彼・・・ストーカーなイルーゾォとホストな彼。