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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -





『僕・・・名前君の手が、一番好き』





そう言って笑った記憶の中の男の子に、僕も笑い返す。



遠い過去の記憶だ。

僕は昔、杜王町という街に住んでいた。小さな街だ。


それは幼い頃の記憶で、それでも・・・大人になった今でも、僕の中に印象強く残っている。





転勤が多かった父に連れられて、いろんな土地を渡り歩いた。

その中で仲の良い友達を作ることは難しかった。


けれど、当時隣に家に住んでいた同い年の男の子・・・その子は、僕の友達になってくれた。

隣の家に挨拶をした時、その子と出会った。



その子と握手をした時、その子は僕の手と僕の顔を見比べて・・・にっこりと微笑んでくれた。

物珍しい物を見るような目つきでもなく、ただただ微笑んでくれた。



それが幼い頃の僕の心をどれだけ救ったことか・・・






毎日のようにその子と手を繋いで歩いた。その子は不思議と、僕と手を繋ぐことを望んだから。


あの子は綺麗好きで、よく僕の手の手入れもしてくれたっけ・・・


世話好きなんだなぁっと僕は思っていた。




同時にあの子は甘えただった。

僕の手で頭を撫でられることが好きだった。


頭を撫でると嬉しそうに笑ってくれるから、僕は彼が大好きだった。





今思うと、あれは恋心だったのかもしれない。

かもしれない、というのは・・・僕はやっぱり、あの子と一緒にいることはできなかったということだ。





また転勤。



父からその話を聞いたとき、僕は初めて泣いた。



今までの転勤では全く泣かなかったのに。

あの子とお別れするのが悲しかったんだ。



次の日あの子に引っ越しの話をすると、その子も泣いてくれた。僕の手を握って、泣きじゃくってくれた。





毎日手紙を書くと言ってくれた。

引っ越しをして最初の頃は、二日にいっぺんは手紙が届いた。




前の転勤でも、その前の転勤でも、僕に手紙を書いてくれるという子は何人かいたけど・・・皆、一通か二通送られて来れば良い方だった。




けどあの子は違った。

まさか“今になっても”手紙を送り続けてくれるのは、やっぱり今も昔もあの子一人きり。





嬉しかった。何年経っても届くその手紙が。


今では一月に一通となってしまったその手紙も、僕にとってはそれで十分だった。







あの子は生まれ育ったその町でサラリーマンとして働いているそうだ。





時折、手紙に恋人の話題が出る。

随分と手を褒めていたから、きっとその人の手は凄く綺麗なのだろう。


でも手紙の締めくくりには、必ずこう書いてある。







――まぁ、君の手の方がずっと綺麗だがね。






まるで口説き文句みたいだと笑ってしまう僕。正直、満更でもなかった。


一月に一回の僕の楽しみ。

その手紙を読むと、自然と口元に笑みが浮かんで、幸せな気持ちになれる。




転勤族だった父は近年他界して、僕は父の最期の転勤先となった地で普通のサラリーマンとして働いている。

そこそこ充実した暮らしで、不自由はあまりない。



もう少し貯金が安定してきたら・・・あの子に会いに行こうとも考えている。


それを手紙に書いたら、あの子も喜んでくれたのが二か月前。





もし来るなら、二人っきりで再会を喜び合おうと約束した。

彼女さんは良いの?と手紙で聞いたら『君の方が大事だ』という返事が来て驚いた。


驚いたけど、やっぱり嬉しい。





「ぉっと、しまった。もうこんな時間だ」


流暢に昔の思い出に浸っている場合ではない。






時計の針は普段家を出る時間より数分過ぎた時間を示しており、僕は慌てて席を立った。


飲みかけの珈琲が入ったカップは流しに置き、上着と鞄を手に慌ただしく動く。



机の上に置きっぱなしの新聞をちらっと見た。


そういえば今朝の新聞で、救急車が人を撥ねるなんていう物騒な記事を見た。

丁度、あの子が住んでいる土地の事件だったみたいだけど、大変だなぁ。




平和な今日の世の中でよくそんなことが起きるものだ。




あぁ、それにしても・・・








「元気かなぁ・・・吉影君」


今月の手紙も、楽しみだ。






一月後の手紙




何も知らない人の話。




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