「僕のスタンドって、ほんと使い物にならない」
一人の少年が呟いた。
彼のスタンドは困ったように口元を歪めつつ、自らの主人を見つめた。
「草花に命を吹き込む・・・響きは良いけれど、結局それだけしか出来ないんだよね」
彼のスタンドが立っている場所には、綺麗な野花が咲いている。
スタンドが一歩踏み出すごとに、その場に彩が生まれのだ。
けれど彼はそんなものには目もくれず、ただただ切なそうな顔で遠くを見た。
「これじゃ・・・あの子に気に入って貰えないよね」
スタンドはやっぱり困ったように自らの主人を見つめていた。
「ぁ・・・何処行くの?」
彼のスタンドがふわりと何処かへ消える。
彼のスタンドは自立型。それに加え、射程距離が長い。
別にスタンドが何処かへ消えたって、彼は慌てない。
何故なら、スタンドが歩いた後には綺麗な野花が咲き誇るから。
「・・・出来ることなら、あの子のスタンドみたいに強くなってくれたら良いのに」
切なそうな声で言う彼は知っている。
スタンドとは、己の精神に影響しているということを。
彼は優し過ぎるのだ。
自らのスタンドに対して使い物にならないと言いながらも、その後できちんと『いつも傍にいてくれて有難う』を伝える。
喧嘩なんてこれっぽっちもやったことはないし、困っている人がいると放ってはおけなくて・・・
それに加え、人と話すより植物の中でゆったりしている方が好き。
そんな彼の精神から攻撃的なスタンドが生まれる方が難しい。
「そうすれば、あの子の傍に――」
「おい」
ピクンッと彼の肩が震える。
「ぇっ、ぁ・・・」
動揺しきった彼の目に映るのは、今まさに彼が想っていた人。
黒い学ランの裾をはためかせながら、その人は彼の目の前に立っていた。
「これ、手前のスタンドか」
「・・・ぇ?あ・・・」
想い人の横には、自らのスタンドが立っていた。
「そ、そう・・・です」
スタンドが自分の傍にやってくると同時に出来上がった野花の小道を歩き、想い人も近づいてくる。
まさか会えるとは思ってなかった相手の登場で、彼はどうすれば良いのかわからない。
話したいことは沢山あるのに、何時まで経っても口をぱくぱくさせることしかできない彼に、彼の想い人――空条承太郎が口を開いた。
「綺麗な能力だな」
「ぇっ」
「最初は無視しようと思ったが、コイツが歩くたびに野花の道が出来るのを見て、つい付いて来ちまった」
「そ、そうなんだ・・・」
まさかそんなことがあったなんてと、ちらりと自分のスタンドを見る。
彼のスタンドは小さく口元に笑みを浮かべながら、彼らの周りを小さく動き回っていた。
彼等の周りに咲き誇る綺麗な野花たち。
それを見た想い人が、ほんの少し口元を綻ばせたのを、彼は確かに見た。
「手前は?」
「ぁ、ぇと・・・名前って言うんだ。この子は、ライフプランター・・・」
「空条承太郎だ」
「そ、そうなんだ」
そんなの知ってるよ。と言う言葉は彼の心の中でとどまる。
自分の想い人の名前を知らないわけがない。
ずっと、遠くから見つめていたのだから。
「綺麗な能力だが、あんまりスタンドだけで出歩かせるもんじゃねぇぜ」
「ぅ、うん。有難う」
顔に溜まる熱。
愛しい相手が喋る度に、彼の心臓が高鳴る。
「それじゃぁな」
「ぁっ・・・そ、その、承太郎君!」
ついつい呼んでしまったファーストネーム。
けれど呼ばれた方は特に気にしている風もなく、ただ短く「何だ」と返事をした。
熱い顔のまま、彼はやっとの思いで一つの言葉を発する。
「・・・ま、また会ってくれる?」
まるで彼を励ますように傍に立っているスタンドを横目に言う。
「別に良いぜ」
その短い返事に、彼はどれほど喜んだことか。
去って行く相手の後ろ姿を何時までも見つめる彼の目は、幸福で一杯だった。
静かになったその場で、彼はちらっと自分のスタンドを見た。
まるで自分の事のように嬉しそうに笑っているスタンドに、彼は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「・・・ごめん。使い物にならないなんて言って」
彼のスタンドは確かに、自らの主人のために一役買ったのだ。
自分に謝ってくる主人に、彼のスタンドは・・・
ふるふるっと、何処か満足そうな笑みを浮かべたまま首を振った。
「君は・・・最高のスタンドだよ」
その言葉に、スタンドは嬉しそうに笑った。