薄暗い書庫の中に小さな蝋燭の炎が見えた。
「ナマエ」
見覚えのあるその人影に向かって呼びかければ、人影はぴくりと反応をしめしこちらを見る。
「あぁ、お父様でしたか」
蝋燭の炎を反射させて輝く金の髪。そして赤い瞳をした、このDIOに似た風貌をした子供。
まだ幼いにも関わらず、その手には分厚く重そうな本があった。
喋り方もはっきりとしているに、まだ片手で数えられる程度しか生きていないとは到底思えないほど、その子供は頭が良かった。
「何かご用でしょうか」
ぱたんっと本を閉じ、こちらをじっと見てくるナマエ。
気まぐれに孕ませた女から生まれた“息子”は、妙に大人びていた。
テレンスから学んだテーブルマナーはすぐにマスターし、私が気まぐれに集めた彫刻や絵画のことについても随分詳しくなっている。
するすると何でも頭に入れていくナマエ。
この子供の母親はまったくもって無知で傲慢な女だったが、ナマエ自身は母親に似たところは一切なく、私も女は殺したがこの子供は気まぐれに生き残らせた。
目の前で母を殺されたにも関わらず、次の日からも変わらず「お父様」とこのDIOを呼ぶナマエの頭の中など到底わからない。
「用が無ければ話しかけてはいけないのか?」
「そういう訳ではありません。ただ、珍しいなと」
ふふっと小さく笑うナマエは、誰が教えたわけでもないのに何処か上品な仕草をする。
私に似ているためか、部下たちからもそれはもう大切にされているナマエは、それで良い気になって我が儘に育つわけでもなく・・・
まるで部下たちの望む姿をそのまま表現したかのような『DIOの完璧な息子』へと成長しようとしていた。
まぁ、普通に考えればこれほど小さな子供がする態度ではないな。
母親を気まぐれに生かしていたとしても、母親は気味悪がってナマエを殺したかもしれない。
「何を読んでいた」
「以前お父様が“天国”について調べていらしたでしょう?僕はお父様の全てを理解しているわけではありませんが、お父様の望む天国というのがどのようなものか少しは学んでみようかと」
あぁ、まったくもって子供らしくない。
ナマエと同じぐらいの子供は泣くか喚くか、犬のように大人に甘えて何かをしてもらえるのを待つか、それぐらいのはずなのに。
生産性の無い愚鈍な子供ではないナマエは、周りが言う前に、まるでそれを予知するかのように自ら学ぶ。
それも、周囲の部下たちがこのDIOが何を言ったわけでもないのにナマエのことを大切にしている理由の一つなのかもしれない。
「それで?何かわかったのか?」
「いえ。お父様が望む天国と言うのが、このキリスト教の天国ではないということはわかります。しかし、お父様の望む天国はお父様のもの。僕にはわかりません」
困ったように眉を寄せたナマエは「後、読めない単語もいくつかあったので、後でテレンスやヴァニラあたりにでも聞こうと思っています」と言った。
「私でもよかろう」
「?」
「このDIOが教えてやろうと言っているのだ。さっさと来い」
きょとんとしていたナマエは「は、はい」と言いながら頷いた。
一瞬見せたその顔が、やはり子供なのだと思うと、少しだけ面白くなってきた。
「ナマエ、このDIOをどう思っている」
「数多くの部下に慕われ、強大な力を持つ素晴らしい方だと思っています」
模範的な答えだな。
「それは周囲の意見だ。お前自身はどう思う。・・・母を殺したこのDIOが憎いか?恐ろしいか?」
少し虐めてやれば、この子供はきっと泣くだろう。
大人っぽく振る舞ってはいるものの、所詮は餓鬼。
何時も余裕そうにしているこの子供が泣くところをみてみたかったという思いがあったからという反面、本気でこの子供が私をどう思っているのか聞いてみたかった。
「好きですよ」
「?」
「母は息子の僕から見ても醜い人でした。美しい男と多額の金がありさえすれば、別にそれで良かっただけの人。僕は美しい男と多額の金を繋ぎとめる道具でしかありませんでしたから、母は僕に愛情を与えたことはありません。それが幸いしたのかどうかはわかりませんけど、母が死ぬ時特に何も思いませんでした。薄情かもしれませんけど、僕には母の死を悲しむだけの“愛”がなかったのですから」
すらすらとまるで大人の様な口調でそういったナマエは「母は貴方の顔と金を愛していました」と笑う。
「僕はまだ子供なので・・・」
どの口が自分を子供だと言うのか。
すでにコイツは、もう何十年と生きている大人のようではないか。
「正直お金の価値はまったくわかりませんが・・・お父様が美しいということだけはよくわかりました」
「・・・・・・」
「お父様の美しさが好きです。お父様の気高さが好きです。お父様の強さが好きです。お父様の言葉が好きです。お父様の考えが好きです。お父様の全てが、僕にとっては愛おしいとしか言いようがないんです」
このDIOを盲信する輩は数多くいるが・・・
これだけ真っ直ぐとした、純然たる笑みを私に向けながら言う者は、かつていただろうか?
「私がお前を嫌いだと言ったらどうする?」
「それでも僕がお父様を好きな事には変わりませんので、特に問題はありません」
「今此処でお前を殺すと行ったら?」
「お父様に殺されるなら本望です」
「他の者に殺させると言ったら?」
「それがお父様の望みであれば、清く受け入れましょう」
「死んだらお前は何処に行く?」
「お父様のお傍に」
すらすらと答えた息子は「お父様が至っていない天国に、僕が先に行くわけにはいかないので」と笑う。
「死してもお父様を愛しましょう。お父様の傍で、幽霊にでも何にでもなって、傍にいましょう」
「・・・まったく、まさかここまで厄介なヤツに育つとはな」
末恐ろしい奴だと言いながら頭をぐりぐりと撫でてみれば、ナマエはくすくすっと笑った。
まぁ・・・
「傍にいることは許そう」
「有難うございます、お父様」
流れるように『お父様』と呼ばれるのは・・・嫌いではないかもしれない。