×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -





「かがみのよぉせいさん!」



小さな子供が俺を指差して声を上げた。


傍にいた母親らしき女は「もぉ、この子ったら何を言ってるのかしら」なんて言っている。

小さな子供の目にはしっかり俺が映っているが、女の目には映っていない。



子供は俺がいる店内備え付けの鏡まで近づいてきて「こーんにちは!」と頭をさげてきた。

つられて「おぅ」なんて返事をしてしまった自分が馬鹿らしくなる。



今日は暗殺の仕事もまだ無いものだから軽く鏡の中で散歩でもしようと思ったらこれだ。


子供はキラキラした目を俺に向けながら「よーせーさんは、かがみにすんでるのー?」と聞いてくる。



女は自分の子供が鏡に映っている自分に話しかけていると勘違いしたのか、ため息を吐いてそのまま自分の服を選び始めた。


何が楽しいのか子供はニコニコと笑っている。

俺は子供の相手なんてしたことないから、くるっとその子供に背を向けて歩き出す。





「あー!まってぇ!」


それを無視してすたすた歩くが、驚くことに子供は俺が歩いて行った方向にある鏡まで走ってきた。



「まって、まってぇ」

「ついて来るな」


「やー」


子供はにこにこと追いかけてくる。


わざと足を速めると、子供は「あ!」と言って走り出す。

で・・・お決まりと言えばお決まりだが・・・





ベシャッ


子供は足をもつれさせてものの見事にこけた。




よし、これでもう付いてこないだろうと思った俺が甘かった・・・






「ぅ・・・ヒックッ・・・うぇぇぇぇえええええんッ!!!!!」

その場でびーびー泣き始めた子供に俺は「ぅっ」となる。


さっと鏡の外を見ても、母親はいない。




どうやらこの子供、俺を追いかけるうちに完全に迷子になってしまったらしい。

・・・ど、どうするんだよ・・・






「っ、ぅ・・・よー、せぇ、さんっ、ヒックッ」

「・・・・・・」


俺は仕方なく「・・・この子供を許可する」と言って、鏡の世界に子供を入れた。


突然俺が目の前に現れたと思った子供は「よーせいさん!」と言ってその顔に笑みを浮かべる。




「妖精じゃない。イルーゾォだ」


別に子供だし、そもそも此処は鏡の中だから他の奴は聞いてないから良いだろうと自分の本名を言う。

すると子供は「いるーぞぉ!」と元気よく声を上げた。




「よぉせいさんのおなまえは、いるーぞぉ!」

「だから、妖精じゃないって」


そう言いつつも、目の前でこれだけふにゃふにゃと笑われると悪い気はしない。



小さくてほっぺぷにぷになその子供を抱き上げてみる。

・・・軽い。しかも可愛い。って!暗殺者が何考えてるんだ・・・


子供は俺に抱き上げられて嬉しそうに声を上げる。






「お前名前は?」

「ナマエ!」


ぴしっと真っ直ぐ手を上げて言う子供の名前はナマエというらしい。



俺は「そうか」なんて言いながら、片手で頭を慣れない手つきで撫でてみる。

小さな子供だから、少し触れただけで壊れてしまいそうな・・・まぁ、実際はそんなにもろくもないのだが・・・


ナマエは頭を撫でる俺の手に満面の笑みを浮かべ「なでなで!」と言った。・・・可愛い。





「いるーぞぉ」

「んー?」



「いるーぞぉのおうちは、かがみなのぉ?」


目をキラキラさせながら聞いてくるもんだからつい「あぁ」と頷いてしまう。

別に嘘をついているわけではない。たまに鏡の中で眠ってそのまま朝になるってこともあるし。



「すごぉい!」


ナマエはぎゅーっと俺に抱きついて来る。


それが何だかとても気恥ずかしくて、俺はぐりぐりとナマエの頭を撫でた。髪型が少しぐしゃぐしゃになったが、構いやしないだろう。





「ナマエくーん!?」

鏡の外にさっきの母親らしき女がいるのに気付く。



どうやらナマエがいなくなったのに気付き、探していたのだろう。


俺はゆっくりナマエをおろし、近くの鏡まで手を引っ張って歩く。

俺と手を繋いで歩くのが嬉しいのか、よくわからない歌を楽しげに歌いながらスキップしだす。





「ほら、此処から帰れるぞ」

「かえるのぉ?」


「あぁ。お前はあのマードレのとこに帰りな」


女を指差しながら言えば、ナマエはこてんっと首をかしげた。





「まぁどれ、ちがうよ?」

「?」



「あのひと、まぁどれじゃないよ。まーどれのおねぇちゃん」


「あぁ、そうなのか」



きっと母親が預けたのだろう。

俺はそう軽く考えてから、ナマエを鏡の外に出す。


鏡越しのナマエはまた満面の笑みを浮かべる。



ばいばーい、と手を振って走って行くナマエに「あぁ」と手を振りながら見送った。













「――・・・は?」


俺は任務について書かれた資料に目を通して驚いていた。



「何だ、イルーゾォ・・・何か問題でもあるか」

リーダーであるリゾットの言う言葉に俺はふるふるっと首を振る。


けど、待ってくれよ・・・





「ナマエ・・・」

「その子供については何も言われていない。が、生かしておく理由もない。そっちの女の方は確実に殺せ」


その資料には、今日見た二人の顔が貼り出されていた。


一つはナマエのもので、もう一つはナマエ曰く『マードレのお姉ちゃん』。簡単に言えば伯母。


どうやら、ナマエは資産家の息子で、両親はつい先日交通事故で無くなっている。


・・・が、それは事故ではなく、伯母のやったことらしい。




ナマエは全ての遺産を相続することになっているが、近々伯母はナマエを殺しにかかるかもしれない。



何故この伯母が組織に消されるのかは資料を見ればわかる。



元々はこの伯母自身が会社を持っていたが倒産し、借金をしてお金を借りて回っていた。


それでも間に合わなくなった挙句、この女がたどり着いたのはパッショーネ。


多額の金を借り、そろそろ返済しなければならないのだが、そこで考え付いたのは妹夫婦の殺害。

まだ幼いナマエを言いくるめるのは簡単で、殺してしまうもよし。



だが、ほぼ目の前に来かけている大金に気が大きくなったのだろう。


突然パッショーネに金を返すのを拒み、それどころか今まで払った分の利子を返せとまで言いだしたのだ。


ギャング相手にそんな態度を取ってただで済むわけもない。






「・・・・・・」

「殺し方は問わない。出来るか?イルーゾォ」




「・・・わかった」


俺の様子が可笑しいことにリゾットは気付いただろう。


それでもどうしたのかとは聞かないでいてくれたリゾットに俺は「行って来る」とだけ言って、目的地に向かうべくアジトを出た。




資料に書かれていた場所は、それはもう凄い大豪邸だった。給料が非常に安い俺等にとっては眩暈すら起こしてしまいそうなほど。


死んだ夫妻とナマエの家であるこの大豪邸に、あの女は我が物顔で住んでいるらしい。




俺はポケットから手鏡を取り出し『マンインザミラー』で鏡の世界に入る。

これだけ大きな屋敷だ。鏡がないなどありえない。



案の定鏡は簡単に見つかり、その鏡から屋敷に侵入した。


真夜中となった今ではほとんどの人間が寝静まっているようだが、使用人の数も多いのだろう。




鏡を上手く使って女の部屋を探せば、簡単に見つかった。


大きな姿見の中から部屋を見れば、女の眠るベッドの周りには大量の箱や袋が散乱している。

どうやらそれらは全て有名ブランド店のものらしい。



既にナマエの金で車や服、宝石を買い漁っているらしい女に俺は顔をしかめた。


サイレンサー付きの拳銃を女に向けてからゆっくり近づく。




ガサッ


やばっ・・・と思った時にはすでに遅い。




足元への注意が散漫し、紙袋を踏んでしまう。


女は「んっ・・・」と声を上げながらゆっくりと目を開ける。




俺に気付いた瞬間悲鳴を上げようとする女をすぐにマンインザミラーで鏡の世界へといざなった。

鏡の世界の中で俺は女を睨みつけながら拳銃を向けた。





「だ、誰よアンタ!!!!」

「・・・・・・」


「ま、まさかギャングのっ・・・!?そ、そうなのね!?そうなんでしょ!?」


一人叫び出す女に銃口を引こうとした瞬間、女が「お金でしょ!!!!」と言う。




「いいわ!お金ならいくらでも払って上げるわ!!!!だから殺すのは止めて頂戴!!!!」

「金?」


俺が金に興味を示したと勘違いしたのだろう。


女は腕を組んで「そうよ」と言った。




「この家ね、今はナマエって餓鬼のなんだけど、あの子まだ5歳にもなってないのよ?私があの子を引き取ってやったから、お金も使いたい放題。ちょっと大きくなって物事がわかりはじめたら面倒だから近々殺すけど、もちろん財産の受取人は私ってことで弁護士とも話を付けてるわ。そのお金を貴方にもわけてあげるって言ってるのよ」

俺はギリッと奥歯を噛みしめた。






「ね?お金はいくらでも払うわ。だから――」


「 黙れ 」




気付けば俺は銃口を引いていた。


女が醜い表情のまま倒れる。

俺は女を鏡の外に出した。





コンコンッ

「!」



「おばちゃん、ごほんよんでぇ」



タイミングが悪い。


まだ眠れてなかったのか、絵本を胸に抱えたナマエが、扉を開いた。

ナマエは床に倒れている女に首をかしげて「おばちゃん、何で床で寝てるのー?」と声を上げる。



部屋の中は薄暗く、自分の伯母が死んでいることに気付いていないのだろう。


「あ!」



あろうことかナマエは部屋の中にある大きな姿見の中にいる俺に気付く。


見られてしまったら仕方ない。





「ナマエ」


俺はマンインザミラーでナマエを鏡の中に呼び込んだ。

ナマエは嬉しそうな顔で俺に「いるーぞぉ!」と抱きついて来る。




「ねぇねぇ、ごほんよんでぇ、いるーぞぉ」


甘えたような声に俺はぎゅぅっと胸が締め付けられる。



きっとナマエは何が起こっているのかをまったく理解していないのだろう。


両親が死んだことさえ、きっとまだ理解していないはずだ。

伯母に利用され、頃合いを見て殺されるかもしれなかったことだって。



・・・俺が暗殺者だってことだって。





「・・・お前を殺さなくちゃいけないんだ」


きっとあの伯母を殺しても、ナマエの立場は何一つ変わらないだろう。


親戚だと言う奴等が沢山ナマエに集って行き、ナマエを利用するだろう。

何も知らない純粋な子供であるナマエは、大人たちの汚い欲望にその人生を左右されてしまうのだろう。


だったらいっそ、今此処で死んでしまった方がきっと楽なんだ。きっと・・・





「ころす?」

「死ぬってことだ」



「しぬ?」


「パードレとマードレのとこに行くんだ」



その方が、ナマエにとって“幸せ”だ。



俺はナマエをぎゅぅっと抱き寄せる。


ナマエが苦しまなくても良いように、即死に出来るように、そっと銃口をナマエの頭に宛がった。

ナマエは銃口の冷たさに「つめたぁい」と笑う。俺にとっては笑いごとではないのに。





「さぁ、目を閉じるんだ」

「なんで?」


「目を閉じたら、パードレとマードレにきっと会えるから・・・」


こんな状況の中のナマエの笑顔に、何だか俺の方が泣きそうな気分になる。




「ねぇー、いるーぞぉ」


泣きそうな俺にナマエが言う。



「なんだ・・・」




「ぼく、いるーぞぉといっしょがいぃ」

「!!!!」




俺は大きく目を見開いた。

俺と?俺と一緒が良いって・・・




「だって、いるーぞぉ、なきそうだもん」


ナマエはにこにこ笑いながら俺にその柔らかな頬を摺り寄せてくる。



俺は耐え切れなくなって、ナマエを抱き上げて走り出した。

ナマエはきゃぁきゃぁっと楽しそうな声を上げている。









鏡の中を移動してアジトに戻る。


アジトの扉を開ければ、こんな時間でも仕事をしていたリゾットが「あぁ、帰ったか」とこちらを見た。

もちろん、俺の腕の中にあるものを見るとその動きを止めたが。






「・・・何だ、それは」


「・・・・・・」




俺はナマエを無言のままぎゅぅーっと抱き締める。


ナマエは俺の腕の中で楽しそうに笑いながら「いるーぞぉ、あれ、きらきらー」とリゾットの頭巾に付いている飾りを指差す。




「どういうつもりだ、イルーゾォ」


「・・・こ、子供をどうしろっていう指示はなかった、だろ?」


俺はゆっくりとリゾットに近づく。



「こ、コイツ、すっげぇ金持ちだしさ、なのに組織は何も言ってこないんだからさ、コイツ貰っても良いってこと、だろ?」

「・・・・・・」



「このチーム、金とか全然ねぇからさ、少しは足しになるだろうし、そ、それで・・・」


あぁ駄目だ。上手い言葉が全然思いつかない。




「いるーぞぉ?」


ナマエの綺麗で透き通った目が俺を見ている。



「ねぇ、ごほんよんでぇ?」

「・・・ちょ、っと待ってくれよ。すぐ終る。すぐ終わるからな」


俺はナマエに俺の不安を悟られないように、無理やり笑顔を作ってナマエを撫でる。




「いるーぞぉ、いたいのぉ?なきそうなの?」

・・・子供って鋭すぎる。


「いたいのいたいの、とんでけぇ」

ナマエの手が俺の頬を撫でる。




「いたいの、とんでった?」


「・・・ん。飛んでった」


俺の返事に満足したのか、ナマエはリゾットの方を見て「おじさんは、なんのよーせいさん?」なんて問いかける。



「・・・はぁっ」

リゾットは大きなため息を吐き「イルーゾォ、報告書をしっかり提出しろ」と言った。


俺はこくりと頷き「ぁ、のさ、リゾット」とリゾットを出来るだけ真っ直ぐ見る。





「・・・駄目だと言っても、お前は鏡の中ででもその子供の面倒を見るつもりだろう」


「ごめんっ、暗殺者として駄目だってわかってるけど・・・」




「あぁ。暗殺者としては失格だな」

「ッ・・・」


暗殺者としても人としても尊敬に値するリゾットにそう言われると、俺は泣きそうになってしまう。

下を向く俺を、ナマエが「まだ、いたいいたい?」と問う。




「だが・・・たまには良いだろう」

「!」


バッと顔を上げれば、リゾットは怒った様子はなく、ただただ俺を見つめていた。






「明日、他のメンバーにも紹介しろ。形式上は、新しいメンバーにするからな」


「ぁ、有難うリゾット!」

「ありがとー、りぞっとぉ!」


ナマエは俺の真似をして声を上げる。

リゾットは小さくため息を吐いたが、その表情が少し柔らかい様な気がした。





おまけ



戻る