18
放課後になり、どうせならと四人揃って学園長室の扉を叩いた。
「おや、別々に声を掛けていたはずですが、四人揃って来たんですね」
仲がよろしいんですねぇ、と笑うクロウリーは「まぁどちらも聞かれて困る話でもありませんし、いいでしょう」と一人頷いた。
「先日のハーツラビュル寮の一件が一段落ついたので、君たちにもきちんと話をしておこうと思いまして。・・・これに関してはセイラさんはほぼ関係ないでしょうし、グリムくんについても彼女がきちんと指導するならまぁ平気だろうと思っていたんですが、折角ですし聞いてください」
「えぇ、勿論よ学園長さん!お茶とケーキの用意は必要かしら?」
「あー、ではそれは後程。こほん、魔法士になるからには、ローズハートくんが陥った暴走状態については詳しく知っておく必要があります」
先日はハーツラビュル寮の一件、リドルが起こしたのは『オーバーブロット』という魔法士にとっては本来起こってはならない状態。
魔法の使い過ぎや精神状態によってブロットが溜まり、それが満ちた状態で起るそれは人によっては『闇堕ちバーサーカー』などと称されるらしい。
ブロットとは魔法を使用し魔力を消費した際に発生する廃棄物ようなもの。ブロットというものが存在する限り、どんなに優秀な魔法士でも魔法を無尽蔵に使い続けることは出来ないのだ。
長年様々な研究がすすめられはいるものの、ブロットについてはまだまだ謎が多いという。
「セイラにはほぼ関係ないというのは?」
「・・・セイラさんはどうやら、ブロットが殆ど、もしくは全く溜まらないようです。彼女が使うような大規模魔法を一般の魔法士が使えば一瞬でオーバーブロットするはずですから、皆さんは真似しないように!いいですね?」
「げぇ・・・あ、じゃぁグリムも平気なのは?」
「どうにも、彼女が教える類の魔法は、ブロットが溜まりにくいようです。グリムくんは常に飛行魔法を使用している状態ですがブロットは溜まっていない・・・彼女が行使する魔法は、そういうものと思えばよろしいでしょう。正直彼女についても不明な点が多く、私胃が痛いです」
「本人目の前にして言うことかよ・・・」
「まぁ大変!胃が痛いのね、今晩おなかに優しいお料理をご用意しましょうか?」
「えっ、いいんですか?じゃぁそれはお言葉に甘えて」
今晩の美味しい夕食が約束されたクロウリーは少し語調を上げながら「ブロットについてもう少しよくわかるように、実際に見せて差し上げましょう!私、優しいので!」とテンション高くそう言い、何処からともなくゴーストを呼び寄せた。
突然ゴーストが現れて驚くエースとデュースとグリムに、クロウリーは「早速ですが、彼等と魔法で戦ってください。あ、セイラさんは手だし無用で」と笑った。
あまりに突然のことで驚くものの、ゴーストたちはクロウリーの言葉を合図に一斉に襲い掛かる。
手だし無用で、と事前に言われたからか、セイラは「あらあら」と言うばかりで動こうとしない。
セイラの加勢が見込めないと気付いた三人は必死になってゴーストの攻撃を避けたり逆に攻撃を仕掛けたり・・・
「うげぇ・・・疲れた」
「おい学園長!ブロットの話とゴーストとの戦い、なんの関係もなくねぇか!?」
ゴーストたちとの戦いが終わり、ぐったりする三人の中で比較的早く回復したグリムがクロウリーにそう抗議する。割と元気なその声にクロウリーは少し驚きつつも、グリムに自分の首についた魔法石を見てみるように示した。
「ふな゛っ!?俺様の魔法石、なんか薄汚れてるんだゾ!?肉球で擦っても汚れがとれねぇ!」
グリムの声に釣られてエースやデュースも自身の魔法石を見ると、同じように薄汚れている。
「魔法石についているインクを垂らしたような黒いシミ・・・それこそが、魔法を使ったことにより生じたブロットです」
元々美しかった魔法石に薄っすらと見えるシミはなかなかに目立つ。
嫌そうにそのシミを見たグリムは「セイラ、魔法石汚れちまったんだゾ」とセイラに見せに行く。
「あら本当。綺麗にする方法はあるのかしら」
「えぇ、勿論。十分な休息を取れば、時間経過と共にブロットは消えていきます。魔法石は魔法を発現を助けてくれるだけでなく、ブロットが直接術者の身体に蓄積されないよう、ある程度肩代わりもしてくれる素敵なアイテムなのです」
「綺麗なだけじゃなくて、魔法使いを助けてくれる本当に素敵なアイテムなのね!」
「ふなぁ、けどそんなアイテムをセイラは持ってないんだゾ」
「セイラさんが使用する魔法は何やら我々のものとは異なる感じがするので・・・まぁ、必要な時はいつでも仰ってください!すぐにご用意しますよ。私、優しいので!」
「まぁ!なんて優しいんでしょう、学園長さんったら」
「・・・えぇ!私、優しいんです!」
嬉しそうに頷きながら返事をするクロウリーにセイラ以外が白い目を向けた。
つまりは魔法石が曇ってきたら、身体を休めなさいというサイン。よく食べ、よく眠ることで大抵のブロットは解消される。よき魔法士とよき生活習慣は同義なのかもしれない。
「ごく一部の例外を除いて、ブロットの許容量にそれほど大きな差はありません。つまりローズハートくんのように魔力量が多い人ほど、ブロット蓄積には細心の注意をはらわねばならないのです」
「沢山使えるからって考えなしにバカスカ魔法をぶっ放しまくれば、あっという間にブロットが溜まっちゃうってことか」
俺たちも気を付けないとな、と三人が頷く中、クロウリーはにっこり笑う。
「まぁその点、君たち程度の魔力量ならそれほど気を遣わずとも大丈夫だと思いますが」
良かったですね、なんて言われた三人は微妙な顔をした。素直に喜べないのは仕方ない。これからの成長次第だろう。
「因みに、怒り、哀しみ、恐怖、混乱・・・そういった負のエネルギーにより術者の精神状態が不安定であると、ブロットも溜まりやすくなります。オーバーブロット中、暴走状態のローズハートくんの背後に現れた巨大な影、あれは負のエネルギーとブロットが融合して現れる化身だと言われていますが・・・実際のところ、詳しいことはわかっていません」
「あのセイラに一方的にぐしゃぐしゃにぶっ潰されたのが、ブロットの化身」
「そういう風に言うと何だか弱そうですが、普通はそう簡単に倒せませんからね?勘違いしないでくださいよ?」
しみじみ呟くデュースにクロウリーは慌てて訂正を入れた。
オーバーブロットとは本来実例の少ない特異な状態。リドルは幸いにもその場で正気に戻すことが出来たが、もしあのままであったなら・・・最悪な結末もあっただろう。
「長々と話しましたが、魔法の使用には常に危険が伴うということです。皆さんゆめゆめお忘れなきように。・・・特にセイラさん!他の生徒は貴女のようにほいほい魔法は使えません!生徒たちに変な影響を与えないように、出来るだけ!出来るだけ、魔法の乱用は控えてくださいね!」
「生徒を想う学園長さんの気持ち、よくわかるわ!あぁ、こんな素敵な学園長さんと頑張り屋さんな生徒たちが沢山いる学校、私は此処に来られて本当に幸せね」
頬に手を当て、うっとり微笑むセイラにエースとデュースは顔を引き攣らせ、クロウリーは「ま、まぁわかってくださればいいんです」と頷いた。
グリムだけは「何時ものことなんだぞ」と大して気にせず、薄汚れてしまった自分の魔法石を手持無沙汰にこすこすと擦っていた。戻る