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「さぁグリム、もう一度やってみてちょうだい」

「わかったんだゾ!」

外観はなかなかに趣があるものの内部はアンティーク調で美しい通称オンボロ寮。

その談話室の柔らかなソファに座る彼女と、その膝の上でカップを両手に持って大きく頷くのは、彼女の家族兼弟子。

今は弟子として彼女の指導を受けているグリムは、カップをジッと見つめ、彼女に教わった呪文を呟いた。


とぽぽっとカップが透明な液体で満たされ、グリムは「ふなっ!」と声を上げて彼女、セイラを見上げる。

にこりと微笑んだセイラがグリムからカップを受け取り、そのカップのふちにそっと唇を当て、カップを傾けた。

「ど、どうだ?」

緊張した面持ちで彼女の返事を待つグリムに、彼女はこくりと頷いた。


「えぇ!ちゃんと甘いお水になっているわ。上手よ、グリム」

「ふなぁ!俺様!俺様も、セイラみたいに何もないところからツナ缶とかケーキとか出せるようになりたいんだゾ!」

「えぇ。いずれ出来るようになるわ。まずは飲み物から出せるようになりましょうね」

彼女が今教えているのは、ナイトレイブンカレッジの生徒なら誰でもできるような水魔法、その応用だ。

魔法で生み出した水に味を付ける。甘かったり酸っぱかったり苦かったり辛かったり・・・味を上手く変えられるようになったら、以前覚えた色塗りの魔法と併用できるように練習するのだ。

一つの動作で二つの魔法が上手く使えれば、何もない場所に紅茶や珈琲などと言った飲み物を生み出すことが可能になる。

勿論、そういった飲み物は『匂い』も大事なため、完璧な飲み物を生み出したいならもう一つ、カップも出したいならもう一つ・・・彼女のように杖をくるりと回すだけで何かを生み出すには、まだまだ練習が必要になるだろう。


・・・グリムは勿論、教えている彼女も知らないだろうが、この学園で水を出しながらその水の味を変えるのはなかなかに高度な技だ。クロウリーが見れば「ひぇっ」と声を上げるだろう。

「次は酸っぱいお水よ。出来るかしら?」

「頑張るんだゾ!」

「ちゃんと思い出して。この間飲んだレモネードの飾りレモン、グリムはオレンジと間違えてパクッと食べちゃったもの、きちんと思い出せるわ」

「ふなぁぁ・・・あれは凄く酸っぱかったんだゾ」

酸っぱそうな顔をしながらカップに水を注ぐ。再びセイラがそれを口にすると、セイラは「あらあら」と笑った。


「な、何か変だったか!?」

「ふふっ、飲んでごらんなさいな」

セイラに差し出されたカップを受け取り恐る恐る水を飲んだグリムは、目をパァッと輝かせる。


「レモネード!ちょっと薄いけど、レモネードの味がするんだゾ!」

「酸っぱいレモンより、レモネードの方を思い出してしまったのね。でも上手よグリム、その調子だわ」

沢山褒められ、沢山撫でられたグリムの喉がごろごろと鳴る。

「さて、今日は此処まで。そろそろお昼にしましょうか」

「俺様、食堂に行きたいんだゾ!今日は、麓の街からパン屋がくるってゴーストたちが言ってたんだ!」

「まぁ素敵!お財布を用意してらっしゃい」

カップをそのままに彼女の膝から飛び出し談話室を出ていくグリムを笑顔で見送り、セイラは静かにカップを消した。


グリムが戻ってくるとそのまま二人揃ってオンボロ寮を出る。メインストリートを通れば数名の生徒とすれ違った。殆どの生徒がこの学園内の唯一の女性である彼女に対し物珍しそうな目だったりむしろ無関心だったりする中、先日多少なりと関わったハーツラビュル寮の生徒は軽く挨拶をしてくれた。

目が合えば会釈をし、挨拶をされれば軽く手を振る。グリムは食堂に来るというパン屋のことで頭がいっぱいで「早くいくんだゾ!」と彼女の手を引いた。


「お!もしかしてお前らもパン目当て?」

「やぁ、セイラにグリム。パン目当てなら急いだ方がいい、うちのクラスでもその話題で持ち切りだった」

途中で合流したエースとデュース。二人の言葉を聞いて「ふなぁ!?い、急ぐんだゾぉ!」とついに彼女の手を放して飛び出して行ってしまったグリムにセイラは「あらあら」と微笑んだ。

「あらあら、じゃねーって!セイラも早くいくぞ!出遅れる!」

「そのスカートじゃ走りづらいんじゃないか?」

「あら平気よぉ」

エースが「仕方ねぇなぁ」と言いながらにやりと笑い、セイラの手を掴む。それに気付いたデュースが逆の手を掴んだ瞬間、二人は彼女の手を引っ張りながら走り出した。

あらららぁっ、と声を上げながら引っ張られる彼女。スカートだが、バランスを崩さずに何とかついて行っている。


二人に引っ張られるがままに食堂へとやってくると、食堂のカンター側・・・例のパン屋がいるであろう場所には、生徒たちの人だかりができていた。

グリムはどうやら上空から目当てのパンをゲットしたようで「やったんだゾぉ!俺様のデラックスメンチカツサンドなんだゾぉ!」と歓喜の声を上げているのが入口まで届いた。


「げぇっ!上空からとか反則じゃね?」

「・・・なぁ、グリムの飛行する高さ、前より上がってないか?」

「は?・・・マジで?」

エースやデュースが記憶する限りでは、グリムは出会った頃から宙に浮く魔獣だったが、以前はせいぜい人の顔の高さとかその程度だったはずだ。

それが今じゃ、人の頭の上を軽々飛び越え、目当てのパンを素早くゲット出来るまでになっている。

ちらっと二人が見るのは、にこにこしている彼女。

もしかしなくても、彼女の指導の賜物だろう。


「はー、案外ちゃんと師匠してんのね」

「今度僕にも教えてくれ!」

「は?デュースだけずりぃ、俺も俺も」

二人のおねだりに「勿論よ!」と彼女が頷く。あの人混みに突入するのは骨が折れるだろうが、そろそろ突入するかと決めた時、グリムの「ふなぁぁあ!?」という泣き声のような叫び声が聞こえた。

見れば、先程までデラックスメンチカツサンドを手に入れたと喜んでいたはずのグリムは、泣きべそをかきながらこちらへ戻ってくるではないか。その手にあるのは、何故かミニアンパン。

この短時間で何があったんだ?と戻ってきたグリムを見れば、グリムは「こ、交換するつもりなかったのに、交換しちゃったんだゾぉ」と落ち込んだ様子でセイラの胸に飛び込んだ。

ぐりぐりと胸に顔を押し付けながら泣くグリムに「まぁ・・・」とセイラは口元に手を当てて驚く。


「交換したくないのに交換って、その場のノリみたいな?」

「違うんだゾ・・・なんか、手が勝手に動いて、気付いたら交換してたんだゾ・・・ふなぁぁ・・・俺様のデラックスメンチカツサンド・・・」

明らかに落ち込んでいるグリムにエースもデュースも頬を掻く。


「あらあら・・・とても残念だったわね、グリム。デラックスメンチカツサンドではないけれど、このサンドイッチは如何かしら?」

「ふなっ!良い匂いなんだゾ!」

何処から出てきたのか、ポンッと彼女の手の中に現れる大き目のバスケット。

ぱかりと蓋を開ければ、良い香りのするホットサンドがいくつも並んでいた。

「お!いいじゃん、いいじゃん。勿論俺たちの分もあるんだよな?」

「おいエース!・・・まぁ、セイラがいいって言うなら、是非食べたいな」

既に食べる気満々で席に座るエースとそわそわしながらバスケットの中身を見る目るデュースにセイラは笑みを浮かべたまま、先程と同じように「勿論よ!」と頷いて席に着いた。


「はぐはぐっ、ふなぁっ・・・デラックスメンチカツサンドは残念だったけど、セイラのサンドイッチも美味いんだゾ」

「俺デラックスメンチカツサンド食ったことねーけど、多分こっちのが出来立てでうめーわ」

「あぁ、セイラの出してくれるものは全部美味しい。因みにこれはいくつ食べていいんだ?」

育ち盛りと魔獣の胃袋はブラックホール並みで、セイラが一つ食べきるころには三人とも平気で三切れ四切れを食べきってしまう。


「そういや俺とデュース、今日の放課後学園長に話があるから来いって言われてんだけど、セイラたちは?」

「俺様知らないんだゾ」

「あら、私はお給料の支給方法についてお話があるって聞いているわ」

二切れ食べたあたりでセイラはお腹が満たされたのか、せっせと食後の紅茶を用意している。

「へぇ。僕たちは何だろうな・・・もしかすると、先日のローズハート寮長の件かもしれないな」

「あーね。こないだの闇堕ちバーサーカー事件かぁ」

それかもね、何て言いながらエースがモガッとホットサンドをもう一口。


「お、これチーズ増し増し」

「何!?ズルいぞエース」

「いや、外からじゃ中身わかんねーもん」

「ふなっ!こっちは肉増し増しなんだゾ!」

「何だと・・・あっ、僕のは中身がピザだ!」

「はぁ!?そっちの方がズルじゃん!」

ぎゃーぎゃーと食べながら騒ぐ三人を微笑ましそうに見つめながら、セイラは三人の前に紅茶のカップを並べた。






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