16
後日、オンボロ寮に招待状を持ったエースとデュースが現れ、彼等はセイラとグリムをハーツラビュル寮へと引っ張った。
鏡を抜けた場所にある美しい庭園には、すっかりお茶会の準備が整えられている。
何度見ても素敵ね!とくるくる回るセイラをそのまま踊り出す前に席に座らせたところで、寮長の入場を告げる音楽が鳴り響く。
あの時途中で出て行った時と同じ、寮生の口上と共に現れたリドルは以前よりもすっきりとした顔つきをしていた。
寮生たちもそれを感じているのだろう。あの時よりもずっと、歓声の声は明るい。
「・・・うん、庭の薔薇は赤く、テーブルクロスは白。完璧な『なんでもない日』だね。ティーポットの中に眠りネズミは・・・って、いや、いなくてもいいか」
癖は簡単には抜けないな、と苦笑するリドルに「そう急に変えなくてもいいさ」とトレイが笑いかける。その言葉にリドルはホッと息を吐いた。
「なー、聞いてくれよセイラ。結局庭の片づけとかパーティの準備とか、俺ら寮生がすることになったんだぜ?」
「まぁまぁ、寮長の体調も何事もなく回復したわけだし、それぐらいいいじゃないか」
文句を垂れるエースにデュースがそう言って笑えば、セイラは「まぁ!私も呼んでくれればお手伝い出来たのに」と言う。
「いやいや、セイラちゃんはハーツラビュル寮生じゃないし、むしろ寮生じゃないのにいろいろとやってくれた恩人だから。今日は何もせずに楽しんでいってよ!あ、マジカメ用の写真撮っていい?」
ひょっこりセイラたちの席に顔を出したケイトがスマホを向けてパシャリと一枚。
セイラの膝の上に座るグリムが「早く料理が食べたいんだゾ!」とわくわくしながら声を上げ、それにつられてパーティが始まろうとした時だ。
「ちょっと待った!・・・この白い薔薇はなんだい?」
リドルのその言葉に場が凍る。リドルの視線の先にあるのは、塗り残された白い薔薇。
その薔薇を担当していたエースとデュースが蒼褪め、トレイとケイトも慌て始める。
「・・・なんてね。もう薔薇の木の1本や2本で罰したりはしないさ」
くすっと笑って、ほんの少しおどけたように言うリドル。おそらく冗談の軽口を言ったつもりだったのだろうが、その場にいた寮生全員が心臓あたりを押さえて大きく息を吐いた。今のはとても心臓に悪い。悪い意味で。
罰したりはせず、皆で白い薔薇を塗ることになり、寮生たちはわいわいと話しながら薔薇に色を塗った。
それを見たセイラも同じように薔薇に色を塗ったのだが、塗りながらさり気なく薔薇の木の本数をぽこぽこと増やしているのがバレてしまい、強制的に席に戻されてしまった。
「あらぁー、この辺り、もうちょっと薔薇の増やした方がいいと思ったのだけれど、駄目だったかしら?」
「ははは・・・セイラは客人なんだから、ゆっくりしていてくれ」
苦笑するトレイがセイラのカップに紅茶を注ぎ、セイラは仕方なく薔薇が塗られていく光景を眺める。
まるで小さな子供たちの御遊戯でも見るように、温かな目で寮生たちを見つめているセイラにトレイは小さく「・・・有難う、セイラ」と言った。
「あら?突然どうしたのかしら」
「リドルを止めてくれて、優しい言葉をかけてくれて、有難う。エースたちの鋭い言葉で目を覚ました俺たちが、必要以上に傷つくのをさりげなく止めてくれていただろう?」
「あらあら、そうだったかしら。そう思ってくれたなら嬉しいわ。皆頑張り屋さんなんだもの、ついつい甘やかしたくなっちゃう」
くすくすと笑ったセイラは「勿論、貴方もその頑張り屋さんの一人よ」と言い、トレイは「はは・・・参ったな」と頬を掻いた。
薔薇が塗り終わり、再び席に着いた寮生たち。その目の前には、約束通りリドル自身の手で作り上げられたタルトが1ピースずつ並んでいた。
形は少し不格好だが、ナパージュで艶々とした苺が美しい、初めてにしては上出来なイチゴタルト。
寮生たちは「おぉ・・・」と感心しながら、そのタルトを一口・・・
「ん゛っ!?」
「こ、これは・・・」
「あらまぁ」
上がった声は三者三葉でも、明らかに美味しい時の反応ではないだろう。
え?え?ときょろきょろ寮生たちを見渡したリドルの耳には「しょっぱい!!!」という大合唱。
「なんだこりゃっ!?めちゃくちゃしょっぱい!何入れたらこうなるわけ!?」
「げ、厳密に材料を測って、ルール通りに作ったんだ!そんな間違いはないはず・・・あっ!も、もしかして・・・オイスターソースを入れたから?」
その言葉に寮生たちの口からはまたも合唱のように「えぇぇ・・・」という声が響いた。
「げほっ・・・もしかして、クローバー先輩が冗談で言ってたセイウチ印の?」
口の中いっぱいに広がるしょっ辛さに悶絶しながらもデュースがそう尋ねると、リドルは慌てたように「だって、トレイが昔そう言ってたから!」と返事をする。
リドルはその昔トレイから聞いたタルトの隠し味の話をずっと覚えていたのだろう。誰にも訂正されることのなかったそれを、初めて自分でタルトを作る時に思い出し実行したのだ。
「あら、そうだったの?それは知らなかったわぁ」
「ふなぁ・・・トレイの性質の悪い冗談なんだゾ」
「わっ!?お前ら何普通に食ってんだよ!」
驚いたような顔をしながらもパクパクとタルトを食べ続けているセイラとグリムをエースが止めようとする。
「あらあら大丈夫よ、折角作ってくれたんだもの。それに、こんなタルトを食べる機会なんてなかなかないじゃない」
「いや、ポジティブ過ぎんでしょ」
「食べ物を残すのはよくねーんだゾ!」
「こっちはこっちで雑食だし・・・」
まさかリドルが冗談を真に受けていたとは思いもよらなかったトレイが腹を抱えて笑う。
釣られてリドル本人も、寮生たちもくすくすと笑った。
セイラとグリムがもぐもぐとタルトを食べ進めるのを見て「まぁこれはこれで悪くないよねー」と呟いたケイトがタルトを一口。
「ふふっ、甘い物はあまりお好きじゃないのね」
「えっ!?そ、そういうわけじゃないよ?うん、全然」
突然そんなことを言われて慌てて否定するケイトだったが、よくユニーク魔法でケーキの味を変えていたトレイにもそれはバレていたらしく、ケイトは「バレてたんだ・・・はっず」と顔を手で覆った。
「甘い物がお好きじゃないなら、キッシュはどうかしら?それとも、甘くないビターなクッキーはいかが?」
手元のナプキンで口元を拭い、杖をくるりと回したセイラ。すると各テーブルにキッシュやクッキーが並んだ。
「わっ!相変わらず凄いな・・・」
「ふふっ、素敵なパーティに招待してくれたお礼よ」
そう笑うと再びタルトを食べ始めたセイラに、リドルがそっと近づく。
「あ、あの、セイラ・・・君にも、とても迷惑をかけてしまった。ごめんなさい」
「あらあら。良ければ一緒に食べましょう」
「うっ、うん・・・」
素直にセイラの隣に椅子を持ってきて腰をおろしたリドルの前に美味しそうなケーキが現れる。
「そのタルト、しょっぱいだろうし、無理して食べなくていいよ」
「ふふっ、貴方が初めて作ったタルトだもの。勿論全部食べるわ」
その言葉に嬉しそうにリドルは口元をほころばせ、セイラが出してくれたケーキを一口食べた。
「・・・決闘の時も、酷いことを言ってごめんなさい。ルールをルールだから従うのではなく、ルールの意味をきちんと考える・・・今思えば、あの時君は僕を正そうとしてくれていたんだ。なのに僕は、育ちが悪いとか、え、笑顔が気持ち悪いとか・・・」
「いいのよ、素直で可愛らしい子。悪いと思って謝ってくれた、それだけで十分」
「で、でも・・・」
「もし本気で悪いと思ってくれているなら、また私をパーティに呼んでくださるかしら?私、楽しいことが大好きなの」
「・・・勿論っ、勿論だとも。大きなパーティにも、小さなお茶会にだって、是非君を招待させて欲しい!」
何度も大きく頷くリドルにセイラは優しく微笑み、それから「あら」とリドルの口元に視線を向けた。
「まぁリドル、お口の端にクリームが付いているわ。このハンカチを使ってちょうだいな」
「はい、お母様・・・あっ」
うっかりセイラを母と呼んだリドルは、顔を真っ赤にした。
対するセイラは「あらあら」と微笑んでいた。
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