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翌日、トレイは図書館で見つかった。


リドルについて問いかければ、案外あっさりとトレイはリドルの『過去』について話し始める。

ルールに厳しい優秀な母親、その母親によって決められた分刻みのスケジュール・・・

両親が地元じゃ知らない人がいない有名な魔法医術士であったことも影響したのかもしれない。将来立派な大人になるようにと、そう願われて続けられた『教育』は、世間的に見れば『虐待』に近かったのかもしれない。

食べるものや着るもの、消耗品から友達に至るまで、リドルは全て母親に決められていた。


10歳にしてユニーク魔法を手に入れるぐらい、リドルは両親の期待に、特に母親の期待にこたえようと努力した。

努力に努力を重ねて手に入れたトップの座は、リドルからすれば母親のルールに従ったからこそ手に入れた実績なのだろう。今リドルが寮生たちに向けている態度は、過去自分が受けてきた母親からの態度なのかもしれない。

それを聞いた彼等は微妙な表情をする。そんな過去を聞いてしまえば、リドルを『暴君』というただ一言では片付けられないだろう。


「・・・今の話を聞いてよーくわかった。リドル寮長があんななのは、あんたのせいだわ」

え?とトレイが固まる。

「リドル寮長が親を選べなかったのはしょうがない。でも、アンタは少なくとも寮長の親が寮長にやってたことは間違ってるって昔から思ってたんでしょ?・・・今の寮長が親と同じ間違いをしてるって思ってるなら、ちゃんと言えよ。直してやれよ。可哀想な奴だからって同情して、甘やかしてどうすんの?アイツが皆に嫌われて孤立してくの見てるだけ?」

エースの言葉は、トレイの心に突き刺さるものがいくつもあったのだろう。顔を歪め、唇を噛み締めるトレイを見て、デュースは「お、おいエース」と慌てたように声を上げた。


「あらあら、唇が切れてしまうわ」

顔を歪めたトレイに近づいたセイラは「難しいわねぇ」と眉を下げて微笑む。


「きっとあの子のお母様も、あの子のことが大好きなんでしょうね。でも母親だって生き物だもの、間違えることだってあるわ。それを正してくれる人が現れることはなかなかない。・・・トレイは、幼馴染のあの子が大事なのね。これ以上傷ついて欲しくないから、あの子のやることを傍でそっと見守っていてあげたのね」

「そんな、立派なことはしてないさ・・・俺は、リドルに何も・・・」

噛み締めていた唇を解き、懺悔のような言葉をトレイが呟きかけたところで「見つけましたよ!」という声が響いた。


振り返れば、数枚の用紙を抱えたクロウリーがこちらに早足で近づいてくる。

「探しましたよセイラさん。先日ご確認いただいた雇用契約書が出来ましたので、サインをお願いします。グリムくん、君の分もありますよ」

それまでの会話など一切気にせずそう言ったクロウリーにエースたちが呆れた顔をする。

セイラは「まぁ!わざわざ有難う御座います、学園長さん」と微笑み、差し出された契約書に目を通し最後にサインをした。


「ところで貴方たちは何を集まっているんです?そんなに険しい顔で」

セイラに教わりながら同じように契約書にサインをするグリムを横目に、クロウリーはエースたちに問いかける。

エースたちがこれまで起こったハーツラビュル寮での出来事を大まかに説明すると、クロウリーは「成程、成程」と頷いた。


「なら、ローズハートくんに決闘を申し込んで、トラッポラくんが寮長になりますか?」

はっ!?と驚く彼等に、クロウリーはリドルもそうやって寮長になったのだと告げる。それも、リドルの場合は入学してから一週間も経たずうちに前寮長を倒して寮長の座に収まったそうだ。

学園長であるクロウリー立ち合いのもと行われる魔法のみでの決闘は、入学した瞬間から全ての生徒に与えられている。決闘する場合は現在エースの首にある首輪を外されるため、挑む価値はゼロではないだろう。

若干クロウリーの口車に乗せられた部分はあるものの、結局のところエースと、エースに加勢すると息まくデュースの二人がリドルに決闘を申し込むこととなった。


「決闘だなんて、みんな若いわねぇ」

うふふっと一人微笑ましそうにしているセイラにクロウリーは「勿論ですが!」と声を上げ彼女の方を見た。

「セイラさん!あなたはハーツラビュルの生徒ではありませんから、手出しは無用ですよ!」

「まぁ、そうなの・・・可愛い子たちのお手伝いが出来ればと思ったのに」

「ぐぬぬ・・・なんて純粋な善意。でも駄目です!生徒の成長の妨げになります!」

「えぇ、わかったわ。此処は学校、生徒が学ぶ場所だもの。私は応援を頑張るわ」

音楽隊は用意してよろしくて?と尋ねるセイラに、クロウリーは勿論全員が駄目だと返事をした。




そして決闘当日。決闘は、ハーツラビュル寮の庭で行われることとなった。

突然の決闘だったが、ハーツラビュル寮生たちの殆どがその決闘を見物しようと集まっている。あのリドルに挑む一年生への興味と、少しの期待からかもしれない。

離れた場所では「頑張ってー」と声を上げるセイラ。何故だかハート模様とスペード模様の小さな旗をふりふり振っている。グリムも同様だ。

少し恥ずかしいが、応援されているという事実は嬉しい。少し照れ臭そうに頬を掻くエースとデュースの前に、リドルは現れた。


「これよりハーツラビュル寮の寮長の座をかけた決闘を行います。挑戦者はエース・トラッポラ、そしてデュース・スペード。挑戦を受けるのは現寮長であるリドル・ローズハート。では、決闘の掟に従い、挑戦者のハンデである魔法封じの首輪を外してください」

クロウリーの言葉と同時に首輪を外されたエースは、久し振りにすっきりした首元に触れて人知れず息を吐いた。


「君たちが僕に決闘を挑むと聞いて耳を疑ったよ。本気で言っているのかい?」

リドルはエースとデュースに負けるつもりはさらさらないのだろう。別に二人を舐めてかかっているわけではなく、二人との実力差をきちんと認識した上での発言。

「一人ずつ相手をするのも面倒だ。二人まとめてかかっておいで」

まだ入学したての二人に負けるなんて、二人がよほどの天才児でもない限りないと判断したのだろう。

その台詞にエースとデュースは闘志を燃やしたが、闘志で埋められるような実力差ではない。

クロウリーが持つ手鏡が投げられ、地面に落ちて割れる。それが決闘の合図であり、手鏡が割れた瞬間、リドルのマジカルペンがきらりと輝いた。


「『首をはねろ(オフ・ウィズ・ユアヘッド)』!」

二人の首にかかった魔法封じの首輪。エースやデュースが魔法を使う暇もなく、決着はついた。

圧倒的なスピードと、強力なユニーク魔法。実力差は最初から理解していた二人も、まさかここまで早く決着がついてしまうとは思ってもみなかっただろう。


「ふんっ、五秒もかからなかったね。その程度の実力で、よく僕に挑もうと思ったものだ。恥ずかしくないの?やっぱりルールを破る奴は、何をやっても駄目。お母様の言う通りだ」

その言葉に顔を顰めたデュースが「確かにルールは守るべきだが、無茶苦茶なルールを押し付けるのはただの横暴だ!」と吼える。しかし、リドルには響かない。

「僕が決めたことに従えない奴は、首を刎ねられたって文句は言えないんだよ!」

「あらあら、そんな怖いことを言わないで、頑張り屋さんな貴方」

決闘が終わり、旗を振るのを止めたセイラがグリムを胸に抱きながらゆったりと近づいてくる。


「・・・また君か。何だい、君も僕に文句があるのかい?」

「伝統を守るのって素敵よね。昔の人が残したものを後世に残そうとするのは、とても良いことだと思うわ。けれど、全てを忠実に守ることだけが伝統を守るわけではないわ」

「ルールは守ってこそだ」

「そうね、守らないといけないルールは、この世に沢山あるわ。けれど、守る理由がわからないルールをよくわからないまま守るのは、それって意味があるのかしら?貴方は、ルールの意味を考えたことはある?ルールがルールだから、という意味では駄目よ?貴方は頭の良い子だもの、きちんと考えてみるといいんじゃないかしら。そうしてその答えを皆にきちんと伝えてわかって貰えれば、きっと今より楽しくルールを守れるはずよ」

「君は、僕に説教でもしに来たのかい?ハーツラビュル寮においてハートの女王の法律は絶対!部外者の君が口を挟まないでくれ!そんなマナーもわからないなんて、魔法の腕はあっても随分育ちが悪いらしい」

微笑みを浮かべたままのセイラをリドルが挑発するように鼻で笑う。

セイラが馬鹿にされたのだと気付いたグリムの口から炎が少し漏れ出たが、セイラの指先が優しくグリムの口に添えられて静止した。


「どんな教育を受けてきた?まぁどうせ、ろくなものではないだろうが。それに僕が見かける限りじゃ、君はずっとその笑顔を貼り付けて・・・気持ちの悪い。そんな目で僕を見つめるんじゃないよ、僕を馬鹿にしているのかい?」

リドルにそう言われても笑みを崩さなかったセイラの代わりに、飛び出したのはエースだった。デュースも顔に青筋を浮かべ、グリムはセイラの指が止めてはいるものの、今にも爆発寸前だ。


「ふざっっっっっけんなよ!!!!」

怒鳴り、振り上げられた拳はリドルの頬を強く殴りつけた。

リドルが殴られ、トレイやケイト、クロウリーも驚いたようにリドルの名前を呼ぶ。

殴られたリドルは頬を押さえ、唖然とした顔で「・・・え?僕、殴られた?」と呟く。


「・・・子供は親のトロフィーじゃねーし、子供のデキが親の価値を決めるわけでもないでしょ。お前がそんな糞野郎なのは、親のせいでもなんでもねーって、たった今よーくわかったわ!この学園に来てから一年、お前の横暴さを注意してくれるダチの一人も作れなかった、てめーのせいだ!」

歯をむき出しにし、青筋を浮かべ、怒鳴るようにそう言ったエース。まだ殴られたショックから立ち直れないリドルは「な、何を、言っているんだ」と困惑し切った顔をする。

何でそんなことを言われているのか、本当にわからないと言いたげな顔だ。

これが長年の教育のせいなのか、とエースは一瞬しょっぱい気持ちになった。けれど今はそれを気にしていられる場合ではない。


「そりゃお前はガッチガチの教育ママにえぐい育て方されたかもしんないけどさ・・・ママ、ママってそればっかかよ!セイラの言う通り、少しは自分で考えてみろよ!何が赤き支配者だ!お前は魔法が強いだけの、ただの赤ちゃんだ!」

そこまでエースが言い切れば、リドルは「うるさい・・・うるさいうるさいうるさい!黙れ!」と頭をぐしゃぐしゃとかき乱す。

何故そんなことを言われたのかわからないが、自身が一番踏み込んで欲しくなかった部分をグサグサと刺されたことは理解できたのだろう。


「お母様は正しいんだ!だから僕も、絶対に正しいんだ!」

その時だ。誰かが「もううんざりだ」と叫んだ。その言葉と共に投げつけられたのは一つの生卵。

くしゃっ、と小さな音と共に、その生卵がリドルの頭に当たる。

中身を撒き散らした卵。リドルは唖然として寮生たちをみた。誰もかれもが、自分を睨んでいる。何故?自分はルールを守っていただけ。ルールを守らないものたちに罰を与えていただけ。間違っているのはあっちで、自分は正しいはずなのに。


「ふ・・・ははは、あはは!うんざりだって?うんざりなのは僕の方だ!!!何度首を刎ねても、どれだけ厳しくしても、お前たちはルール違反をおかす!どいつもこいつも、自分勝手な馬鹿ばっかり!いいだろう、全員連帯責任だ!」

全員の首を刎ねてやる、そう叫んで寮生全員に向けてユニーク魔法を発動した。

「・・・やっぱり、ルールを厳守する僕が一番正しいんだ」

そう呟き、薄暗い目で笑うリドル。

しかし、例えリドルが10歳にしてユニーク魔法を手に入れた努力の子だとしても、魔力量に優れていても、そう何度もユニーク魔法を連発してただで済むわけがない。


「おいお前!何でも自分の思い通りになるはずないだろ!?そうやってすぐ癇癪を起すとこが、赤ん坊だっつってんの!」

その言葉はエースなりに「落ち着け」と言いたかったのかもしれない。しかし既に感情が爆発しているリドルからすれば、その言葉は侮辱以外の意味はこれっぽっちも持っていない。

「今すぐ撤回しろ!串刺しにされたいのか!」

そう怒鳴りつけられてもエースは謝らない。もはや意地になっていたのかもしれない。

うぎいぃぃいっ!と金切り声を上げ、明らかに正気ではないリドルは怒りに身を任せ、つい先程ユニーク魔法を連発したにも関わらず、大掛かりな魔法を展開させる。

薄暗くなる空、枯れた薔薇の木々、その木々は次々と浮き上がる。


「・・・薔薇の木よ、あいつの身体をバラバラにしてしまえー!!!」

浮き上がった木々がエースに向けて降り注ぐ。避けろとクロウリーが叫ぶが、一瞬にして落ちてきた大量の木々を避け切れるわけがない。まだ一年生でろくな防衛魔法も使えないエースは、思わず目を閉じた。


「言葉というのは難しいわねぇ・・・相手のことを思った言葉でも、それを心にまで届けるのは、本当に難しいわ」

エースの耳にそんな言葉が届く。恐る恐る目を開けてみれば、目の前に立っているのは困ったように微笑んだセイラだった。

頭上、エースとセイラのすぐ傍で、木々は不自然に止まっている。

どうやらセイラが魔法でエースを守ったのだろう。自身の魔法を止められたことに気付いたリドルは、もう一度木々を落としてくる。しかしそれは、落ちてくる前に『トランプ』へと姿を変えた。


「リドル、もうやめろ」

静かにそう声を上げたのは、マジカルペンを構えたトレイだった。

彼のユニーク魔法『ドゥードゥル・スート』が、木々をトランプへと『上書き』したのだ。それだけではない、寮生たちの首にかかっていた首輪も、ことごとく外れている。

味や色、匂いを上書きできるユニーク魔法。それは物に止まらず『魔法』という現象自体にも少しの間だけではあるが適応可能だという。

強力と言われたリドルのユニーク魔法ですら抑え込む、誰も知らなかったであろうトレイのユニーク魔法の真価。

リドルがどんなに魔法を繰り出そうとも、その全てがトランプへと上書きされる。

先程のエースに対する攻撃を見ていた寮生たちは「流石にやり過ぎだ」「本気でやるつもりだったのかよ・・・」とリドルを恐怖や侮蔑の籠った目で見つめていた。


「化け物だ・・・」

一人がそう言った。それを聞いていたセイラの少し悲し気な笑顔は、傍にいたエースやその腕の中にいたグリムだけが見ていた。

寮生たちの言葉と、トレイにユニーク魔法を全て無効化されショックを受けたリドル。その身体がカタカタと震える。


「トレイ、君も僕が間違ってるって言いたいの?ずっと厳しいルールを守って、頑張ってきたのに!いっぱいいっぱい我慢したのに!僕は、僕は・・・信じないぞ!」

ちらりと見えたリドルの魔法石が急激に黒く染まったことにクロウリーは気付いていた。だからこそ「いけません!ローズハートくん!」と静止の声を上げる。しかしそれは大した意味を持たない。


「僕はっ、僕こそが!絶対、絶対、正しいんだーーッ!!!」

魔法石が黒く染まる。トレイがリドルを呼ぶ声をかき消してしまうような、爆発的な魔力暴走がその場に広がった。






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