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『なんでもない日』のパーティ当日、その日は澄み渡る青空が美しい晴れとなった。


通称オンボロ寮から招待された二人はエースとデュースに迎えられてハーツラビュル寮の敷地に足を踏み入れる。

数日前からずっと準備が進められていたからか、提案の薔薇はきちんと全て赤に染め上げられ、パーティ会場には椅子とテーブル、テーブルの上には所せましとデザートや紅茶のカップが並んでいた。

素敵な光景にセイラは「まぁ!」と口元に手を当てる。キラキラと目を輝かせているため、感動しているのだとわかった。


「やっぱり、お花を降らせた方が良いんじゃないかしら?音楽隊と、動物たちも沢山呼んで・・・」

「セイラ、余計なことはすんなよ?いいか?ふりじゃねーからな?」

まだ見ぬ寮長を探し内心ドキドキしていたエースは、隣である意味不穏なことを口にするセイラにそう釘を刺す。


しばらくすると音楽が鳴り始め一瞬デュースがセイラを見たが、今回はセイラではなく元々予定された音楽だったらしく、その音楽と共にハーツラビュル寮生の一人が「我らがリーダー!赤き支配者!リドル寮長のおなーりー」と声を上げた。デュースはホッと息を吐いた。

寮生の言葉と共に登場したリドルは庭の薔薇やテーブルの上を確認し、満足そうに笑う。


「うん。庭の薔薇は赤く、テーブルクロスは白。完璧な『なんでもない日』だ。ちゃんとティーポットの中に眠りネズミは入ってるんだろうね?」

隣に控える副寮長のトレイは「もちろん」と頷く。

キラキラ輝くパーティ会場だが、寮生たちがリドルの言葉一つ一つに緊張している様子が見て取れた。ハートの女王の法律に違反しているところがないか、もしあったとしたらどうしよう、と心配なのかもしれない。


「まぁ、あの子もトレイも、皆素敵なお洋服ねぇ」

「でしょー。あれがうちの寮服。流行も抑えつつ、マジカメ映えもバッチリ☆パーティの日は正装って、ハートの女王の法律でも決まってるからね」

リドルの服はハートの女王を、他の寮生たちはトランプ兵を模したような寮服に身を包んでいる。ケイトに『正装』と言われてグリムが「セイラ、俺様正装か?」と問いかければ、セイラはにこりと微笑んだ。


「えぇ。今朝きちんと毛並みを整えたし、リボンにもアイロンをかけたでしょう?グリムはパーティにふさわしい恰好をしているわ」

「ふなぁ!セイラも、染み一つない綺麗なドレスなんだゾ」

グリムの言う通り、セイラが身に着けているのは染み一つない綺麗な服だ。ふんわりした長袖と、きゅっとウエストが絞られ、そこからふんわり広がるスカート。よく見れば、細かな刺繍も入っているのが見えた。

もしや今日のためにわざわざ買ったのだろうか?と思えば、彼女は斜め上の台詞を口にした。


「あらあら、ただのワンピースドレスだけれど、褒めて貰えたなら作った甲斐があったわぁ」

「作った?え?一晩で?」

「えぇ!寮のカーテンで作ったの」

「カーテンで???」

ちょっとよくわからない発言だったが、あまり深くは考えない方が良いだろう。まだそんなに長い付き合いではないが、既に彼等はセイラを『そういうもの』として認識しようと考え始めていた。

セイラたちがこそこそ楽しく話すのを他所に、リドルが「まずは乾杯を」と手にした。

それに倣って他の寮生たち、セイラたちもカップを手に取った。


「では、誰の誕生日でもない、なんでもない日を祝して!乾杯!」

リドルの掛け声と共に、カンパーイ!とカップが掲げられる。

一先ず心配が去ったからか、寮生たちは少し落ち着いた様子でカップに口を付ける。

リドルに声を掛けるなら今がチャンスだろう。ケイトに背中を押され、エースは少し緊張した面持ちで一歩を踏み出した。その手には、昨日皆で作ったマロンタルトの箱が一つ。


「あ、あの〜、寮長」

緊張を隠すように笑顔でリドルに近づいたエースに、リドルはぴくりと反応する。

「・・・あぁ、タルト泥棒の一年生か」

「えーっと、タルトを食べちゃったことを謝りたいと思って。新しいタルトを焼いてきたんですけど」

「ふぅん?一応聞くけど、何のタルトを?」

ほんの少し、ほんの少しだけリドルの声が柔らかくなったことに気付いたエースは、内心ホッとしながら「よくぞ聞いてくれました!」とリドルの前でその箱を開いた。


「旬の栗をたっぷり使った、マロンタルトです!」

差し出されたマロンタルトに、リドルは大きく目を見開いた。


「マロンタルトだって!?信じられない!」

「えっ?」

「ハートの女王の法律・第562条『「なんでもない日」のティーパーティにマロンタルトを持ち込むべからず』!これは重大な法律違反だ!何でことをしてくれたんだい!?」

リドルの口から出てくる知らない法律。エースが慌ててトレイの方を見るが、トレイも困惑しているのが表情で分かった。

おそらくだが、トレイ自身もこの法律をきちんと覚えていなかったのだろう。

トレイがマロンタルトを提案したのは『リドルが次はマロンタルトを食べたがっている』という前情報があったからだ。リドルもきっと、食べたがっていたタルトの方が喜ぶだろうという気遣い。しかし今回はその気遣いが空回ってしまった。


「ハートの女王の厳格さを重んじるハーツラビュル寮長である僕が、この違反に目を瞑ることは出来ない!このマロンタルトはすぐに破棄しろ!」

破棄、と言われてエースは思わず一歩下がる。

確かにこのタルトはリドルへの謝罪用で作ったが、このタルトは皆で作り上げたものだ。破棄しろと言われてそう易々破棄できるような代物ではない。

エースの行動が反抗に見えたのか、リドルは怒りの表情でエースが持つマロンタルトへと手を伸ばした。

しかし、そんな二人の間にするりと割り込んでくる陰一つ。


「マロンタルトは駄目だったのね。そうね、あなたがエースに食べられてしまったのは苺のタルトなんだもの。怒らせちゃってごめんなさいね」

そこにいたのは笑顔のセイラ。セイラはそっとエースを背中に庇いながら、笑顔のまま「ごきげんよう、ご挨拶が遅れてごめんなさいね」とリドルに挨拶をした。

突然現れた彼女に驚きながらも、リドルはぐっと眉を寄せる。


「・・・君は、この間会ったね。パーティへの参加は構わないけれど、部外者が口を挟むんじゃないよ」

「あらあら、怒らないで可愛い子。今度はちゃんと苺のタルトを持ってくるわ。このマロンタルトは、冷蔵庫に入れておきましょうね」

「それは捨てるように言ったんだ!」

「今此処にあるのが問題なんでしょう。はい、消して冷蔵庫に移したわ。これで問題ないでしょう?」

ポンっと音を立ててエースの手から消えたマロンタルト。リドルどころかその場の全員が目を見開いて固まる。

予備動作無しの転移魔法・・・明らかに大魔法だ。


「素敵なお茶会に水をさしてしまってごめんなさいね」

申し訳なさそうに眉を下げた笑みを浮かべ、くるりとエースの方を見たセイラは「エース、一旦戻りましょうね」と優しく声を掛けた。

納得いかない、という顔をしているエースの頭を一度撫で、その手を取ってセイラは歩き出す。グリムとデュースは慌ててそれを追いかけた。


「あんなルール、絶対可笑しいだろ・・・」

パーティ会場から離れたところで、エースがぽつりと呟いた。

セイラに手を引かれるがままに歩くエースは少し俯き「可笑しいって、セイラも思うだろ?」と問いかける。


「そうねぇ、食べ物を粗末にするのは駄目ねぇ。大丈夫よ、マロンタルトは無事だから」

「そっちじゃねぇし・・・ちくしょー、もう謝らねぇ、絶対に謝らねぇ」

「あらあら。タルトを食べちゃったことは謝らないと駄目よ?エースも謝って、それから謝って貰わないと」

おーい!と声を上げながら追いついてきたデュースとグリムが合流。エースは「お前らもあの寮長可笑しいって思うよな!?」と同意を求めた。


「確かに少し横暴だ。ルールは大事だと思うが、謝罪する側の気持ちを一切考えていない」

「もうちょっと融通利かせても良いはずなんだゾ」

「ふふふっ、でもその人にとっては大事なルールだってあるもの。一概に否定は出来ないわねぇ」

デュースとグリムの同意が得られたかと思いきや、セイラの言葉にエースはムスッと頬を膨らませる。


「げぇ・・・セイラってどっちの味方なわけ?」

「あらあら!勿論、頑張り屋さんで可愛いエースたちの味方よ。でも、味方だからって何でも肯定するわけにはいかないわ?だって可愛いエースたちにはきちんとした素敵な魔法使いになって貰いたいもの」

「・・・んだよぉ、もー」

リドルの味方をしているわけではなく、あくまで自分たちのためを思って発言しているのだというセイラに、エースは怒るに怒れない。

しばらくは寮に戻れないため、このままオンボロ寮へと戻ることになった四人は、唐突に「その首輪、見たことあるにゃぁ〜」という声に足を止めた。

振り返ってみれば、そこにあるのは『生首』。


「ふぎゃー!!!生首お化け〜〜!!!」

グリムの叫びにその生首は「おっと!」と言って瞬きを一つ。

「身体を出すの忘れとったわ」

その言葉と共に、生首以外の部分も出てくる。どうやらそういう魔法だったのだろう。

紫の髪に紫の耳を持つ、おそらく猫の獣人。

目を細めにかにかと笑う彼は、驚くグリム達の傍でにこにこ微笑んでいるセイラに目を向けた。


「ありゃ、そっちのお嬢さんは全然驚いてにゃーのね」

「ごきげんよう、お耳がキュートな猫さん。お名前は何かしら?」

「人のことは言えねーけど、マイペースなお嬢さんだねぇ。俺はアルチェーミ・アルチェーミャヴィチ・ピンカー。気軽にチェーニャって呼んで欲しいにゃー」

「まぁチェーニャ、可愛らしい愛称ね。私のことはセイラって呼んで頂戴ね」

和やかな自己紹介が目の前で行われ、エースは「ごほんっ!」とワザとらしく咳払いをする。


「俺は今、暴君に理不尽な目にあわされたばっかで機嫌が悪いんだよ。どっか行け」

「リドルが暴君・・・ふふふっ、まぁそう言えなくもないかもしれないけどにゃあ。ちっこい頃からあいつは真面目なヤツなもんで・・・ふふふっ」

昔のリドルを知っている風なことを言うチェーニャに詳しい話を聞こうとすれば、チェーニャは「そういうのはトレイに聞くといい」と言ったきり、現れた時と同じように突然消えてしまった。


「何なんだよアイツ」

「ふふっ、愉快で可愛らしい子だったわね」

「セイラはそればっかじゃん。・・・ま、トレイ先輩に話を聞いてみるか」

とりあえずオンボロ寮でマロンタルトを食べることにした四人は、その日ハーツラビュル寮の『なんでもない日』のパーティには豪華さは劣るものの、法律やルール違反に怯えることのない、穏やかで楽しいお茶会を楽しんだ。


彼等が去った後のハーツラビュル寮のパーティがどうなったかなんて、四人にはあずかり知らない話だ。






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