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09





「ふなぁ?セイラ、その美味そうな匂いのするバスケットは何なんだゾ?」

「私とグリムのお昼ご飯よ。昨日の掃除中、中庭あたりにリンゴの木を見かけたの。今日はその木の下でピクニックしましょうね」

四人でハーツラビュル寮へと向かう道すがら、まだ数時間も先のお昼の話が出てくると、つい先程朝食を食べたばかりにも関わらずグリムの腹が少しなった。


「へー、いいじゃん。俺も俺も」

「僕も一緒にいいだろうか」

便乗するようにエースとデュースが声を上げれば、セイラが嬉しそうに微笑んで頷いた。

「勿論よ!そう言ってくれるんじゃないかと思って、四人分用意してあるの。あぁ!良い天気の中で食べるお弁当はきっと美味しいわぁ!」

見間違いでなければ、彼女が嬉しそうな声を上げた瞬間足元に花が咲き、小鳥が元気よく飛び回り楽し気な鳴き声を上げていた。

今のも魔法?杖振った?と困惑する二人はこそこそと話す。


「・・・セイラっていろいろと大袈裟だよな」

「賑やかな人だと思うが、確かにちょっとミュージカルチックなところがあるな」

こそこそ話す二人を気にせず、セイラはグリムの手を取ってくるくる回っている。やはり見間違いではないようで、彼女がくるくる回れば更に花が元気に咲き誇った。

軽率に野花の道を作り上げた彼女と共にハーツラビュル寮に到着すると、彼女は一番最初に目に入った生徒に近づいていく。


「ごきげんよう、ふんわりした髪が素敵な貴方」

美しい薔薇の木が並び、薔薇の香りと共に何故だかペンキのニオイがするその場所。真っ赤な薔薇が多い中、なかなか目立つ白い薔薇の木の前に立っていたその生徒は、声を掛けられたことに気付いてくるりと振り向いた。

「あら、お顔にあるダイヤのペイントも素敵ね。あなたがタルト好きの寮長さんかしら?」

「んー、残念だけど俺は寮長じゃないよ。ケイト・ダイヤモンド、三年生。気軽にけーくんって呼んでね、噂の凄腕魔女さん」

「あらぁ、よろしくね笑顔が可愛いけーくん。私は魔女のセイラよ」

「わっ・・・その返しは想定してなかった」

彼女の返しに驚きつつも、ケイトと名乗ったその生徒は彼女の後ろにいる自寮の後輩と思しき生徒二人に目を向けた。


「おっと、そっちの二人は入学早々10億マドルのシャンデリアを壊して退学騒ぎを起こした新入生じゃん」

ケイトにそう言われ二人は苦虫を噛み潰したような表情になる。きっとこれからずっと、下手すると卒業まで言われ続けることになるだろう。

「あらシャンデリア!そういえばあの後どうなったのかしら。業者さんに頼めないなら、私が直してあげるのに」

「学園長は何も言ってねぇんだし、わざわざ直してやる義理はねぇんだゾ」

「そんなこと言わないでグリム。あんなに素敵なシャンデリアなんだもの、食堂に行くたびに幸せな気持ちになれるなら、私は是非直して差し上げたいわ」

「シャンデリアを見に食堂に行く奴なんていねーと思うんだゾ」

グリムの言葉を気にせずに「後で聞きに行きましょうね」と微笑むセイラに「セイラちゃんってなんか変わってるねぇ」とケイトは苦笑いをした。


「しかもそっちの君はその日の晩に寮長のタルトを盗んで罪の上塗りをしたんだよねー。いやぁ、学校中で話題のニューカマーと朝一で会えるなんてラッキーかも」

エースたちからすれば触れられたくない話題を遠慮なく出したケイトは懐からスマホを取り出しエースとデュースの二人に近づく。

「ねねね、一緒に写メ撮ろーよ♪いえーい!・・・あ、これマジカメ上げていい?タグ付けしたいから名前教えてよ」

「えっ、デュース・スペードです」

「エース・・・」

「俺様はグリムだぞ!」

「へー!そっちの子はグリムちゃんって言うんだ。あ、グリムちゃんとセイラちゃんも撮ろーよ」

ケイトの勢いは相手に断る暇を与えず、あっさり四人とも写真に写った。

写真を撮れて満足そうなケイトの手元を覗き込み「まぁ、写真なんて素敵ねぇ」とセイラが笑っていると、ケイトは「おっと!仕事の途中だった!」と少し慌てた声を上げる。


聞けば、ケイトは現在、明後日の『なんでもない日』のパーティのために白い薔薇の木を赤く塗っているらしい。

なんでもない日のパーティとは、ハーツラビュル寮の誰の誕生日でもなく、何の記念日でもない日。薔薇の木を赤く塗るのは、何でもない日の薔薇は赤であることが決まっているかららしい。

他にもパーティで行うクロッケー大会に使用するフラミンゴの色付けもやらなければならず、大忙しだそうだ。


「君たちも薔薇を塗るの手伝ってくれない?あ、エースちゃんは今魔法が使えないから、はいペンキ」

何時の間にか用意されていたペンキとハケを渡されたエースは「うげっ」と顔を顰める。

ペンキで薔薇を塗るのも面倒だが、まだ一年生のデュースも得意魔法がまだ炎だけのグリムも、魔法で薔薇を赤く色づけする方法なんてさっぱり思いつかない。けれどそこは先輩であるケイトがきちんと説明してくれた。


「真っ白な薔薇を真っ赤に染めるなんて、面白いわねぇ」

「わっ・・・セイラちゃん、もしかして今三本ぐらい一気に色付けした?え、待って、薔薇の木増えてない?増やさないでいいからね?」

慣れない手つきで薔薇を染める三人を後目にセイラが次々に薔薇を染め、それだけでなく数本見覚えのない薔薇の木が生えていた。流石のケイトもそれには吃驚して止めに入ったが、彼が止めに入らなければ更に薔薇の木が増えてしまっていただろう。綺麗な薔薇が咲くのは良いが、あまりに本数が増えてしまうと次回のパーティの時に薔薇を塗る手間が増えてしまう。


「いやぁ、流石は噂の魔女ちゃん。おかげで大分作業が進んだよ」

あたり一面真っ赤な薔薇になったところで、ケイトが満足そうに言った。

「っつーか!俺、こんなことやってる場合じゃなかった!寮長に話があるんですけど、まだ寮内にいます?」

流されるがままに薔薇を塗る作業を手伝っていたが、エースたちがやってきた本来の目的は寮長への謝罪。それを思い出したエースがそう問い掛けると、ケイトは笑顔で「まだいるけど、エースちゃんはお詫びのタルトは持ってきた?」と問いかけた。

え?と首を傾げるエースに、ケイトは笑みを深める。


「ハートの女王の法律・第53条『盗んだものは返さなければならない』に反してるから、寮には入れられないなぁ」

「はぁ!?なんだそりゃ!」

そんなルールがあることなんてこれっぽっちも知らなかったエース。同じく驚いているデュースを見る限り、デュースも知らなかったのだろう。


「悪いけど、お詫びのタルトがないなら寮には入れられない。リドルくんが気付く前に出てってくれる?」

顔こそ笑顔だが「逆らうなら実力行使に出る」と言い出しそうな凄みがある。

此処で逆らっても良いことはないだろう。エースたちの傍にはセイラがいるが、セイラは「あらあら、そうだったのね」とケイトの言葉に何やら納得している様子。

「お詫びのタルト!ごめんなさいね、私もそれは考えに至らなかったわ」

「いやいや、お詫びのタルトはエースちゃんが準備しないといけないものだから、セイラちゃんが気にする必要はないよ。エースちゃんも、ぱぱっとセイラちゃんにタルト出して貰おうとか考えちゃ駄目だからね?」

うげぇ先読みされてる、とエースが顔をしかめる。

おそらくだが、エースが頼めばセイラはタルトの一つや二つ笑顔で出してくれただろう。しかし先にそう釘を刺されてしまえば、その方法は使えない。


「そうねぇ、ごめんなさいって気持ちを込めるなら、やっぱり手作りかしら」

「はぁ?俺、菓子作りなんてしたことねぇよ・・・」

「ならトレイくんを頼ってみると良いよ。俺から話は通しておくから」

ケイトはそう言うと「ほら、さっさと行った行った」と四人を寮から追い出した。






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