「私が、丸井くんに、謝る?」
「ん」
「…なんで?」


 何故だか柳が今日は二人で帰れと言ったのでみょうじと二人きりで歩いていた帰り道のこと。俺はみょうじに、丸井に謝るように頼んだ。もちろん頼む前に、直後に返ってくるであろう言葉も予想していた。予想は勿論というべきか的中。それだから次に俺が言おうとしていることも、大体、決まっている。



「丸井は傷ついたからじゃ」
「え…」
「みょうじに悪気が無かったことはわかっとるよ、ちゃんと」
「…私が、丸井くんを傷つけた」
「うん」

 みょうじ自身が自分に言い聞かせるように言った。少しの沈黙のあとに彼女は頷き、仁王くんも一緒に来てくれる?…と。彼女は少し幼い。自身を振り返り気がついたものの大きさに戸惑っているんだ。「ん、…よかよ」泣き出してしまいそうなみょうじに向かって、なるべく優しい声色で、俺は言った。


 翌日、丸井のクラスを押しかけたところ、みょうじの姿を見るなりすっかり怯えてますオーラを前面に出し始めた丸井。俺にとっては他クラス、みょうじにとっては他学科というのを良いことに丸井は教室内のドアから大分遠い窓際までランナウェイ。しかし俺も負けじと自分の顔の広さを駆使して丸井を捕獲(協力してくれた皆さんに感謝)。いや、謝る立場でありながら捕獲というのもアレだけど。それでも逃げようとする丸井に「逃げるんじゃなか」とこれまた優しく言えば、「半径1メートル以内に入るんじゃねえぞ!」と涙目ながらに丸井は叫んだ。



「あの、丸井くん」
「…」
「ごめんなさい」
「…」


 私丸井くんがどうして怒ってるのか分からなかったの、そうみょうじが言うと丸井はずっとへの字にしていた口をやっとのことで開いた。「…なのに、謝るのかよい」違うのそうじゃないの、その、…仁王くんから聞きました。みょうじはバツが悪そうに俯き、丸井は反対に俺をチラリと見る。



「その…私そういうつもりで言ったんじゃないの」
「は?」
「丸井くん、中学校の頃に工藤くんと仲良かったでしょ?」
「…クドヤン?仲良かったけど…」


 みょうじが言うにはこう。その工藤は中学のとき俺らと同じ3年B組で、丸井といつもつるんでいた。そして工業高校に進学。もちろん今でも仲良しで、偶に遊んでいるらしい。そんな工藤とみょうじとは同じクラスでそこもまた仲が良いらしい。柳と幼馴染のみょうじ、丸井と親友の工藤、間接的ではあるがテニス部という繋がりがあり工藤は丸井のことをよく話題にあげるらしく、工藤が決まって言うのが「まああいつは丸いからなー!」という言葉。「丸井」、「丸い」、そういう冗談だと知ったのは丸井とみょうじの一件後(つまり昨日)であるから…まあ、そう。



「だから、丸いって俺に言ったのか?」
「…そう、です」
「…」
「丸井くん…?」
「工藤…っ!」


 お前工藤と同じクラスなんだろ!俺工業の校舎よく知らねえから案内しろ!、丸井はそうみょうじに言った。ちらり、彼女が俺を見る。うん、丸井はもう気にしとらんぜよ。そう込めて俺は頷く。工藤、に対しての怒りの感情で高ぶった丸井と、彼女の距離はとっくに半径1メートル以内である。


「でもね誤解であれ傷つけたのは私だから、…ごめん」
「んなの気にしてねえよ」
「えっと…」
「それより早く行くぞみょうじ!工藤めこのやろー!」
「うえ、待って丸井くん、あ、仁王くんありがとうねまた放課後!」
「…」


 廊下にぽつり残った俺。まあ解決ということで、良かった。柳と乾のプレイスタイルを支えている、俺を惹きつけている彼女の「なんで?」は、これからは思いやりを持った「なんで?」になればいい。


「(でも一人取り残される俺って…)」
「哀れ工藤、といったところか」
「おっわ柳!いつからおったんじゃ!」
「最初からだ」
「…だったら居合わせんしゃい!」
「はは」
「…」
「だが俺がいなくても大丈夫だったろう」

 …柳は何が言いたい?柳の含み笑い、その含みとは何を含んでいるのか。まあ参謀と呼ばれるだけに俺は柳の考えなんか分かるはずもなく、大きく吐く息によって「探ることを諦めた」ということを示せば柳はもう一度「ふっ」と笑う。



「…よし」
「?」
「今日から二人で帰れ、なまえとお前で」
「………へ?」

 俺の顔面は、ぼっと赤く染まる。それを見た柳は愉快そうに笑った後、ちなみに、と口を開いた。「ちなみに俺は、放課後に女を待たせているんだ」すた、すた、すた。俺に背を向けて去っていった柳の足取りは実に爽やかである。




「…は?ってか、え?誰、ってか、……なんで?」

 俺の口癖では決してなかったはずだ。




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