「…あ」
「あー仁王くんだ」
「…なんで?」

 購買で、最近知り合った柳の幼馴染のみょうじに会った。彼女はこちらに気付くと手をひらひらと振ると小走り気味で近付いてくる。そして俺は彼女の口癖であるはずの「なんで」を口にした。もう一度言う。俺が、なんで、と言った。


「何が?」
「いや、お前さんの服装」
「?」

 みょうじは俺が着ているような型のきっちりした制服ではなく、ダボっとした作業着を着ていた。あれ言ってなかったっけ?と彼女は首を傾げる。




「私、工業の方だし」
「知らんかった、だから校内で見たこと無かったんか」
「たぶんー」
「でも普通着替えて来るじゃろ、購買」
「次の時間も実習だから着替えるの面倒でさー」

 確かに見渡せば、普段は見ない作業着の生徒が数人いた。何科?と尋ねれば建築科だよ、と彼女はパンに噛り付きながら言った。


「…ちょ」
「ん?」
「立ち食いは、良くないと思うんじゃけど」
「だってお腹空いたんだもん」
「じゃあ座って食べよ、…あ、一緒に食べても良か?」
「うんいいよ、実習だから早めに行くけど」


 建築科、俺が中学んときにそっちに進学しようか迷ってた方。親父の跡を継ぐつもりでその道を考えてたら「別にお前さんは自分のやりたいことをやればええじゃろ」って言われて、結局普通科にした。今思うとそんなに早く自分の将来を狭めてしまうのが怖かったのかもしれない。でも、みょうじは。
 話を聞けば中学までは東京の青学の近くの公立中に居たらしい。あ、柳の幼馴染だったら乾貞治の幼馴染でもあるからそうなのかと一人で納得。建築の道に進みたくて、ここの工業高校に入った。自分で未来を、決めた。



「なんかすごいんじゃなお前さん」
「なんで?」
「自分の信念を貫いてるというか」

 強いやつだと思った。俺は普通科に入ったことを後悔するわけではないが、堂々と作業着を着れて自分のやりたいことが決まっているみょうじが羨ましいと思った。



「なんで?」
「は?」
「仁王くんだって貫いてるでしょ。蓮二と貞治が言ってたよ、アイツのテニスはいつまでも分からないって。それって仁王くんが他の人に負けないように頑張り続けてるってことでしょ?」



 驚い、た。


「…みょうじの、なんで?って口癖じゃけど」
「?」
「良いと思う」
「………ごめん、それこそなんで?」
「俺が良いと思ったからじゃ」
「うーん、仁王くんってよくわからないよね」
「みょうじもよくわからん」

 そう言ってお互い笑い合う。すると時計を見たみょうじが「あ、行かなきゃ」と席を立った。「あ、みょうじ、あとで柳からアドレス聞いてもええ?」「あ!私も聞こうと思ってたんだ、いいよ」「ん、じゃあまたな」俺が片手を上げると、みょうじも同じように手を上げて「ばいばーい!」と笑った。


 ずきん。


「…は」

 俺の体の中のどこかで何かが脈打った。彼女の「なんで」を思い出して、笑顔を思い出して。それで、ずきん。



「…なんで?」


 頭の中のみょうじが「今日は仁王くんがなんでって言うね、それ私のセリフだよ」って言った気がした。そうかもしれん。なんで、じゃろう。
 本当は問いかける必要なんかない、なんで?のその先が見えているからだ。
 「なんで」、俺の心臓はどきどきしているのか?



 なんで、なんで、なんで。それだけが繰り返し頭の中を巡る。



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