このあいだは、みょうじが普通科の玄関まで迎えに来てくれた(まあ、あんなことがあったけど)。だから、今日は俺が工業の方に迎えに行く。別に二人の間にそんな約束は無いけれど、それでも早くみょうじに会いたい俺は約束も無しにただその場所で待つのだ。 「あれ?仁王くん」 やがてやって来たみょうじはいつもはいない俺がいることに驚きながらも笑って寄ってくる。迎えに来てくれたの?そう問うた彼女に向かって頷くと、彼女はなんとなくぎこちない俺の異変に気づいた。 「…どうしたの?」 「…」 「仁王くん?」 「…なあ、俺に言いたいこととか、なか?」 え?と首を傾げたみょうじ。とりあえずここでは人に注目されてしまうからと歩き出すようにみょうじを促す。いつもの帰り道で、彼女は俺の顔を覗き込む。どういうこと?って。 「あのな」 「うん?」 「俺、みょうじに言いたいことがあるんじゃ」 「…え?」 「それ、言うから。そしたらみょうじも言ってほしいんじゃ、俺に思ってること」 彼女は不思議そうな表情をしながらもゆっくりと頷いた。 「この前、俺告白されとったろ?」 「う、うん」 やっぱり自分で言ってるうちにもらしくないな、って思った。でもきっと、これは最後のチャンス。みょうじとはこれからもずっと一緒にいるつもりではあるけれど、たぶん、いま言わなかったら、たぶん。それに、せっかく柳が押してくれたんだから。 「だから、つまり、少し気にしてほしいっていうか…」 「…」 「悩む、とかじゃなくてな、なんていうかその」 「…なんとなく、わかったよ」 小さく笑った彼女は何を考えたのだろうか。もしかしたら言わないほうが良かったのかもしれない。彼女が気にしないまま、俺も気にしないまま、忘れてしまえばそれで良かったのかもしれない。でも、さ。 「仁王くん」 「…なん?」 「私、高校に入って少し大人になったかもって思ってた」 「え?」 「…だから聞いちゃいけないこともあるんだ、って我慢してた」 我慢、してくれてたのは知ってる。でも全部は堪えきれなくて柳に言ってしまったのも知ってる。我慢してたってこと、俺に言ってくれた。それがどんなに難しくて、だけど嬉しいことか。 「、ごめんね」 「?」 「本当は聞きたいこといっぱいあったの、言いたいこともあった」 「…言って、よかよ」 あの子だれ?仁王くんはやっぱり頻繁に呼び出しとかされてるの?人気あるのに私なんかでいいの?我慢して我慢して我慢し続けたみょうじの気持ちは一気に流れ出して、遂には彼女は泣き出してしまった。 「それにね、私じゃない人に告白されてるのになんでありがとって言っちゃうのか本当は悔しかった」 「…うん、すまん」 「でもやっぱり優しいんだなあって思った」 「…ありがと」 「あーでも優しいのはいいけどああいうかっこいい顔はしちゃだめ!女の子はもっと好きになるから!」 「…。ん、わかったわかった」 「とか言って無自覚なんだからー!」 泣き出してもうヤケになってる彼女の頭を撫でると、彼女は手足をじたばたとさせたので俺は軽く頬をつまんでやった。ちょっと仁王くん…!大人しくなった(軽く睨まれてはいるけれど)彼女の前髪を掻き分けて、見えた額にひとつだけ唇を落とす。 「に、にお、う、くん…」 「うん」 「うん、じゃない!」 「言いたいこと言ってよかよ、なまえ」 「な、」 初めて呼んだ彼女の名前も、すぐに声になるだろういつものハテナマークも。全部が俺を捕まえて離さない。なるべく人の話を聞くようになった俺ももしかしたらもしかすると、本当は彼女の声しか聞こえないのかもしれない。 なんで?、それは彼女が彼女であるからに違いない。 ▽2011.06.14 完結 |