「…仁王、ちょっと」


 少しだけ強い口調でクラスの女子に呼び止められた。特別仲が良いわけではないけれど、とりあえず中学の頃からの友人である。振り向けば、その強い口調に見合った怖い顔をしていた。

「なん、怖い顔して」
「え?…ああ、うそ、そんなに?」
「ん。…用は?」
「あー、えっと、今日テニス部オフでしょ?放課後に行ってほしいの、あの木のとこ」


 あの木。あの、木。立海生だけが知ってる共通の場所。いわゆる告白スポット。こいつは「来てほしい」ではなく「行ってほしい」と言った。つまり俺に言いたいことがあるのはこいつじゃなくて別の人。
 そのとき、昔の俺が脳裏に浮かぶ。「俺に言いたいことがあるんだったらちゃんと自分で言いに来い」、っていう。そういう理由で呼び出しをすっぽかしたことも何度かあった。


「…」
「…ちゃんと行ってあげてよ?」
「…わか、っとる」





 俺があの木のところに行く頃にはもう相手は俺のことを待ってた。俺の顔を見るなり来てくれたんだ、って少し驚いたような顔をした。


「ん」
「来てくれないかもって思ってた」
「…お前さんの友達に念押されたから」
「はは、そっか。…仁王、あのね」


 続いて彼女の口から出た言葉は、俺が予想してたもののそのまま。最初から返事は決まってたけれど、俺は彼女の言葉ひとつひとつをちゃんと、聞き流すことなく、聞いた。



 昔の自分とは大違いだと思う。どうして変われたのかって、人にきちんと向き合うようになったのかって、そんなの理由はひとつしかない。人は誰かに聞いて欲しくて話すのだ。人は誰かに答えて欲しくて訊ねるのだ。それを聞き流してしまっては、いけない。俺は全てのあの言葉に答えたい、応えたい。なんで?、それは一つでも聞き逃しちゃいけない。
 目の前の彼女には申し訳ないけど、こんなときも考えるのはたった一人、みょうじのこと。でも全部、みょうじに気づかされたこと。




「…すまん、俺好きなやつおるから」
「……そっか」
「でも」
「?」
「…ありがとな」


 彼女は先程のような驚いた表情をしたあとに、少しだけ、嬉しそうに笑った。だけど。





「…仁王、くん」


 だけど予想外なことに、去っていく彼女の背中が見えなくなって数秒後、気まずそうに俺の名前を呼ぶみょうじがそこにいた。…全部、見てた、よなあ。



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