人差し指に力を込める。ピンポン、とチャイムの音が鳴る。中から出てきたのは柳だった。当たり前だ、柳の家だから。


「やはり来たのか」
「…ん」
「あいつの部屋は2階の一番奥にある」


 柳の家ではあるけど柳に用があったのではない。下宿をしているみょうじに、用があった。それは言わなくても柳にはわかることだと思っていたから、俺は何も言わない。推測どおり、柳も何も言わない。お邪魔します、と一応律儀に挨拶はして階段の一段目を踏んだ。そのとき俺の後ろ髪を柳に引っ張られて俺は階段を下りる。


「痛、…なんじゃ柳」
「緊張しているのか、なんだ仁王らしくないな」


 柳には、何を隠したって無駄なんだ。それを俺はずいぶん前から理解している。俺もみょうじと同じように、なんでと問いかけようとした。けれどその一歩手前で、「顔が引き攣っているからだ」と柳は涼しげに言った。


「緊張することなんて何もないだろ」
「…じゃけど」
「そうだ仁王。今日中に、くっつけ」
「な…!」
「ふむ、顔がほぐれた。行ってこい」



 柳が俺の背中をぽんと押した。なんていうか、感謝しきれない。柳に対するありがとうがたくさんある。こいつは好きな食べ物とかが特に無いから、何でお礼しよう。考えながら階段を一段二段と上ると、言ってもいないのに「駅前に新しく出来たケーキ屋、そこでいいぞ」なんていつもの声色で柳が言った。


「お前さんケーキなんか食うんか?」
「大好きだ」
「…ぶっ……!」


 買っちゃる。いくらでも買っちゃる。おかげで、俺は笑ってみょうじに会えそうだ。







 部屋をノックすると、「どうぞー」って間延びしたみょうじの声が聞こえた。少し、掠れていた。


「…久しぶりじゃな、みょうじ」
「えっ、仁王くん!」


 口にはマスク、おでこに冷えピタ。そういえば、熱を出して帰ってきたんだっけ。「どうしようパジャマでみっともない!」なんてあたふたしているみょうじ。体調はそれほど悪くないみたいだ。ええよ気にすんな、って俺は笑った。できるだけ優しく。すると素直にみょうじも「じゃあお言葉に甘えて」ってそのままベッドに座った。



「…みょうじ、」
「仁王くん、この間は勝手に帰っちゃってごめんなさい」
「え」

 みょうじは深々と頭を下げた。ごめんなさい、は俺の台詞だったはずだ。だから、俺の方こそって頭を下げると、「なんで?」って。


「いや…具合悪かったのに気づけなかったから、」
「それは私の責任だよ」
「お見舞いにも、来れんかった」
「でも仁王くんなら来てくれるって信じてたよ」

 ……え。驚いてみょうじを見ると、彼女はえへへーって子供みたいに笑った。




「なん、で」
「ん?」
「なんで、俺のこと信じてくれとったんじゃ」
「…うん、……私の話聞いてくれる?」


 ベッドから降りて俺の隣にやってきたみょうじは、よいしょっ!と小さく呟いて座った。ああ、いつもの距離だ。嬉しくなった。


「私があのとき帰った理由はね、……仁王くんに、柳のことが好きなのかーって言われたからだよ」
「…うん」
「仁王くんにそう思われたってことが、誤解されたことが、ショックだったの」



 誤解?




「それって」
「うん、そうだね」
「柳のこと好きってわけじゃないんか、」
「…うん。あともうひとつ、ショックだったのがどうしてかわかる?」
「…」
「私が、仁王くんのこと好きだからだよ」



 みょうじが、俺のことを、好き。





「…まじで?」
「……うん、まじで」


 照れてはにかむみょうじ。夢?ちがう、夢じゃない。うわ、やばい。嬉しい。「お、俺も好き」と心臓が飛び出そうなのを堪えて言えば、「うん、知ってた」なんて。…知ってた?



「蓮二が昨日教えてくれた」
「!」
「怒らないであげてね、…仁王くんに嫌われたかもって、昨日私が少し泣いたら、全くお前ら二人は仕方ないなって」
「はは…」
「だけど、」


「仁王くんから直接聞いたら、やっぱり、嬉しいや」




 そんなみょうじの手を、ぎゅうっと握った。それに応えて握り返してくれたみょうじは、「もう最初の質問の答え言わなくてもいいよね」って、笑った。なんで俺のことを信じていてくれたか。うん、言わなくてもわかった。やっと。




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