数学の教科書、テニスのラケット、柳生と入れ替わるための眼鏡、髪を縛るヘアゴム、端が少しだけ欠けた携帯、最近新しく買った長財布。 俺の近くに、あるもの。 カバンの中にあったのはそれくらい。「近くを見ろ」答えは俺のカバンの中に、あるのか? 「あるわけ…ないか」 カバンの中に手を入れて無造作にがさがさと漁ってみたものの、そういう意味ではないと言うことはさすがにわかっていた、最初から。なら、俺の近くって。 ダブルスを組んでる柳生、よく連む丸井、少し理不尽な姉貴、俺と違ってよく食べる弟。それから。 高校生になってから、いつも帰り道で一緒に赤信号を待ったのはだれ?並んで横断歩道の白い部分だけを踏んで渡って、笑ったのはだれ?強く、強く、俺の心を動かしたのはだれ? 霞がかったあやふやな記憶を探るように俺自身に「だれ?」と問うたのではない。そのだれかは俺の心に大きく存在を主張していて、もう、名前さえはっきりとわかっている。だからかみしめるように何度も何度も、そのだれかとは「だれ?」と自分に問う。 そうすればいつもの口癖が聞こえた気がした。気がした、だから、その口癖をこの耳で聞きたい、会いたい。 みょうじに、会いたい。 |