「…ちょっと赤也お前、何言ってんの?」
「本当のことじゃないっすか」
「だとしても、」
「勝手なことしないでくれます?」

 俺は静かに携帯を置いて、丸井先輩を見た。先輩は俺の視線にほんの少し驚いた表情を見せてから、ため息を吐いた。それからは二人とも黙りっぱなしだった。あーあ、早くジャッカル先輩戻ってこないかな。というのも、今回の合宿で俺は丸井先輩とジャッカル先輩との三人部屋だ。元はといえばジャッカル先輩が何か飲み物買ってくるなんて言わなかったら、俺は丸井先輩と二人きりにならなかったし、丸井先輩もあいつに電話してみるなんて好奇心を沸かせなかっただろうし、…ああ、もう。
 それをもしジャッカル先輩に言ったなら、いつも通り「俺かよ!」なんて言うのだろうけど。違う、明らかに、俺です。さっきから俺は丸井先輩の所為みたく言ったりもしてるけど、違う、俺がいけないんだ、やっぱり。


「赤也」
「…なんすか」
「なまえちゃんと何かあったのかよ」
「…」


 やっと口を開いたかと思えばそれ。実は一番困る質問なんかをぶつけられた。何かあったのかと言われれば、何も無い。本当に、全く何も無い。喧嘩したわけでもなければ、あんな態度を取りつつも決してなまえを嫌いになったとかそんなこともない。じゃあ何だ?…本当に、何なのだろうか。


「わかんないんすよ」
「何が」
「それも、わかんないんです」
「…はあ?」


 元はと言えば何だろう。あいつと一緒に帰ってて、会話が続かなくなったこととかだろうか。付き合い始めの頃は、お互いが緊張していたとしてもただただ一緒に帰れることが嬉しくて、喋らなくたってその気持ちが伝わってきて、自然と握り締める手も強くなっていた。けど今は、会話もなければ手を繋ぐことも無い。俺となまえの気持ちが離れてしまったからだろうか。つまり、どちらかが、あるいはどちらも、もう相手を好きではなくなってしまったからだろうか。…それも、違う。


「…どう、思います?今のこと」
「どう、ってもな…。お前は、彼女のこと嫌いってわけじゃないんだろ」
「はい、…むしろ、多分好きなんです、一応」
「だったらあれだよな」


 二人の時間に流れる緊張も、はたまた真逆の、けれど存在する「安らぎ」も。どちらも、少なくなってしまったんだ。だから、ふとしたことで苛ついてしまったりするんだ。さっきの電話だって、あいつが悪いわけじゃないのに、なのに。


「倦怠期、ってやつ」
「…そうなんすかね」
「まあ、勝手に電話かけちまって悪かったな」
「いえ…」
「けど、合宿終わってからでもいいから、ちゃんと話した方がいいと思うぜ、俺」



 そのとき、ジャッカル先輩が帰ってきた。俺と丸井先輩の組み合わせは煩いという方程式がテニス部の中では成り立っているらしく、それを予想してきたであろうジャッカル先輩は少しだけ拍子抜けたような顔をして、俺と先輩にコーラを差し出した。頼んでなかったのに、ありがたい。素直にお礼を言い受け取ると、「お前らなんかあったのか」と心配そうに尋ねてきた。丸井先輩が、ジャッカル先輩の居ない間の一部始終を話し、俺が冗談っぽくジャッカル先輩の所為っすよと笑って見せた。結局、この先輩たちは二人とも優しい。ジャッカル先輩は恐らく全てを分かった上で、「俺かよ!」といつもより眉毛を垂れ下げて、叫んだ。なんか、らしくない。ジャッカル先輩も、丸井先輩も。




 もちろん、俺も。



全部、全部、わかってる




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