「そろそろ着いたのかな」

 4限の古典、目に映るのは呪文のような漢字の羅列。聞こえてくるのも呪文そのもの。授業を聞く気はさらさら無くて、私は朝と同じように窓の外を見た。相変わらずテニスコートの中心のネットは寂しそうだ。ふと、机をトントンと叩く音が聞こえた。言わずともそれは前の席の莉伊からのもので、ああ莉伊も同じように暇だったんだと思った。


「だるいね、授業」
「…、そだね」
「?なに、莉伊」
「いや」

 彼女の言葉の前に置かれた少しの沈黙に疑問を感じて理由を問えば、彼女はとても切なそうな顔をした。「やっぱりなまえ、寂しいんでしょ」そう言って先程の私と同じように窓の外のテニスコートを見る。今は授業中だからテニスコートに人が居ないのはいつものことなのだけど、でもやっぱりテニス、イコール、赤也、と方程式が出来てやっぱり同じ空間に居ないんだと改めて思ってしまう。

「そうなのかな」
「…気づいてるくせに」
「え?」


 莉伊は静かに私のノートの端を指差す。つられて私も彼女の指先を見ると、そこには薄くでも確かに、あかや、と書いてあった。


「私の、字?」
「当たり前でしょ」
「…うそ、」
「え、無意識だったの?」


 私自信綴られていた単語に吃驚した。無意識のうちに私は寂しがってた?赤也を欲してた?そんな、ばかな。私と赤也の最近といえば二人で一緒に居ても付き合い始めのような緊張とか照れだとかもなくて、むしろ会話も続かないことも増えたりで。私は赤也と一緒に居るより普通にクラスで友達と話していたほうが楽しいかもと思うことも正直、増えた。赤也もきっと、私といるより部活の仲間と居るほうが楽しいんじゃないかって思わせる素振りが増えた。ああこれって俗に言う倦怠期なのかなって自覚してたのに。


「ねえ、」


 赤也、私たちの関係を「倦怠期」のまま終わらせてもいいと思いますか。
 私は、私は。

「もし、赤也に別れようって言われたら、どうしよう」



 莉伊に向けた言葉。同時に、赤也に向けた言葉。言った瞬間に涙が零れてしまいそうになったけど懸命に堪えた。間髪居れずに鳴った4限終了のチャイムもそれを助けて私は泣かずに済んだ。けれど、莉伊は私の少しの変化に気付いたようで私の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「大丈夫、絶対、大丈夫」

 何を根拠に大丈夫なのかはわからないけど優しいその手に安心して私もまた「大丈夫、だよね」と呟いた。今夜、赤也に電話をしてみよう。可愛くない私は素直に寂しいだとか声が聞きたくなっただとかは言えないと思うけれど。


あのひとのなまえ




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