「…こりゃ、驚いたな」

 部室にて、目をこれでもかというくらい大きくさせたジャッカル先輩が俺に言った。先輩の片手には、右上に赤いインクで68と大々的に書かれたテストの答案用紙がある。アルファベットの羅列も同時に見られ、つまりそのテストの教科は英語、だった。


「すごいじゃねえか、真田も喜ぶぜ」
「…っす」


 ジャッカル先輩の優しい視線を感じる一方、俺はその隣からなんとも押し潰されそうな威圧のこもった視線に気まずさを隠せないでいた。…丸井先輩だ。


「で?説明しろよ」


 言い方がキツいのは丸井先輩の優しさだ。俺へ、ではなくなまえへの優しさ。丸井先輩はこないだの合宿帰りの一連のことを酷く怒っている。まあ、当たり前ではあるのだけど。今日は今日、俺が英語で(良い意味で)まさかの点数をとってそれが紛れもなくなまえが作ってくれたノートのおかげだから、丸井先輩は余計に怒っている。



「感謝はしてるっす、副部長にも殴られなくて済むし」
「…。…お前腐ってんな」
「…」
「本当なんなわけ、なまえちゃんの気持ち考えたことある?あー、あるわけねえよなあ」


 お前みたいな最低のやつにはよ、と丸井先輩の目が言った。先輩は言葉にはしなかったから、代わりに盛大に溜息。


「…だって、俺頼んでないんすよ」
「…」
「なのに勝手に」
「……勝手?」





 その声色を聞いた瞬間に、ジャッカル先輩が「あ」と洩らした。俺もそう思った。…丸井先輩、キレる。

「見損なった、もうさあ、なまえちゃんのために別れろよ。絶対もっと良いやつとかいるし」
「ちょっと、勝手に決めないでくださいよ」


 お互い整理してるんです、そしたら絶対、



「絶対、何」


 改めて問われ、答えに迷う。この期間が終わったら、倦怠期が終わったら、俺たちは元通りになれる?そうだ、俺は元通りになるために、整理している。多分。


「お互い整理、ってただのお前の言い訳」






 丸井先輩はずかずかとドアのところまで歩いて行った。そして振り返る。それまでの形相はすっかり崩れ、いつものような笑顔だった。


「なまえちゃんは、とっくに整理してんだよ」


 いつもと変わらない先輩の表情と口調。それが逆に、俺の背筋を凍らせた。





「あー、その…赤也」
「…何すか」
「ブン太が心配してんの、わかんだろ?」
「…はい」
「ちなみに俺も、心配、してる」
「…ジャッカル先輩」
「あとな、好きな人の為に何かしたいって思うことは当たり前なんだ」

 だから、赤也は、あのとき帰りの夜道を心配してなまえちゃんを送ってったんだ。そうだろ?
 そう言ってジャッカル先輩は丸井先輩を追いかけるように外へ出た。



 なまえは、俺の為に、わざわざ自分の勉強時間を割いて、ノートを作った。俺のことが好きだから。
 俺は、なまえの為に、わざわざ合宿帰りに、家まで送って行った。なまえのことが、



「好き、だ」



 付き合って随分経つのに、今更まだ初々しく接するのが恥ずかしくて。それで照れ隠しのつもりか冷たく接してしまっていた。
 別に、一緒にいるときに会話が無くてもいいんだ。隣にいるということを実感するように手を握って、確かめて、それで、名前を呼んで、それで。どんなにくだらない会話でも、流さないで、聞いて。

「簡単だったじゃん」

 そんなことも見失ってしまってた、俺たち。否、俺。泣かないで待ってて欲しいなんて、ずっと前からなまえは待っててくれてたんだ。こんな俺を、ずっとずっと、たくさん泣きながら。

「ごめんな。いま、行くから」





踏み外してしまう、その前に






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