「…なまえ、来た!」

 莉伊がそう言って私の肩を叩いた。時計は19時半を指し、辺りは街灯に照らされるもやっぱり暗かった。そんな中から、バスのライトがテニスコートを照らしながらその付近に停車した。ぞろぞろと人が降りてくるのが見える。それを見越して、莉伊は私に「ほら行くよ!」と。そう、私たちはテニス部が、赤也が、帰ってくるのを待っていたのだ。
 テニス部の部長である幸村先輩が全体に少し連絡をした後に、「じゃあ、解散。お疲れ様でした!」と言った。それを合図に、ぱらぱらと部員たちは散っていく。私たちに最初に気付いたのは「やっと終わったなー」と笑顔だった丸井先輩と桑原先輩だった。



「あれ、赤也の…」
「お、まじだなまえちゃんじゃん」
「、こんばんは」
「もしかして、赤也の帰り待ってたのかよい」
「…はい」
「赤也も思われてんなー、今呼んできてやるよ」
「ありがとう、ございます」

 桑原先輩は今さっき来た道をUターンして行った。残った丸井先輩に、合宿お疲れ様でしたと言うと、緑色の球体をぱちんと割り小さく笑った。



「ありがとななまえちゃん、と…?」
「水瀬莉伊っていいます」
「おっけ、莉伊ちゃんな。…ところでなまえちゃん」
「はい?」
「大丈夫か?」

 何が、なんて聞かなくても理解できた。それは当人でない莉伊にさえも容易くて、私たちは顔を見合わせ苦笑いを零す。つられて丸井先輩も苦笑い。




「この前の電話も含めて、ごめん」
「あ、いや、仕方ないんです」


 その時、聞き慣れた声で私の名前が呼ばれた。



「あ、来た。じゃあ俺らは帰っから、行こうぜい莉伊ちゃん」
「…へ」
「暗いから送ってくからよい、なあジャッカル」
「ああ」



 桑原先輩は隣に居た赤也に何かを耳打ちしてから、莉伊たちの元へ駆け寄った。残された私たちは、暫くの沈黙を置いてから、やっとのことで顔を見合わせた。



「その、お疲れ様…」
「…うん」
「あのね、」
「帰ってから連絡するって言ったじゃん、待ってろなんて、」
「…ごめ、ん。けど、これだけ渡したくて」
「何、これ」
「赤也がいなかったときの分の、授業ノート、多分テスト対策にもなるから」
「…作ったの、か?」
「うん、返さなくてもいいから。良かったら使って。…じゃあ」
「…っ、なまえ!」


 私が背を向けると、予想もしない大きさの声で呼び止められた。びっくりして肩を揺らすと、赤也はバツの悪そうな顔をして、少し俯いた。

「さすがに暗いし、送る」







「あのさ」

 しばらく歩いてから、先に口を開いたのは赤也だった。


「怒ってるわけじゃねえんだ」
「え?」
「待っててくれたこと」
「あ、うん」
「…自分で言うのもアレだけどさ」


 俺ら今、多分、倦怠期じゃん。


 やっぱり赤也もそう思ってたんだ。考えると、泣きたくなってくる。もう、好きじゃないってことなのかな?違うよ、私は、好きなんだよ。



「けど、好きじゃなくなったわけじゃない。」
「…」
「だからさ、お互い整理しねえ?」
 

 つまり、しばらく距離を置こうと赤也は言いたいのだ。ほら、積み重ねた季節たちは互いの言いたいことなど簡単に理解させる。こんなときのそれは、ただ、苦しいだけ。


「…そう、だね」

 これでいいんだと矛盾だらけの自分に言い聞かせた。嫌だなんて言ったら、直ぐにでもさよならと言われるかもしれないから。



「でもさ、なまえが作ってくれたノートは本当にありがたいって思ってるから。赤点、回避できちゃったり、して」


 だから、

 泣かないで、待ってて欲しい。




 無理なことを言わないで。それを伝えることも出来ずに私はただ頷く。赤也の大きな手が、ぽん、と私の頭の上に置かれた。重さを感じたのも束の間で、次に顔を上げたときに捉えたのは赤也の背中。
 
 その後姿は見慣れすぎていた。だから、きっと、今までに本当の意味で隣に並んだことは、一度も無い。



違うわ彼方が措いていってしまうの




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