丸井くんて部活でも相変わらずなんだね、と彼女は可笑しそうに笑った。



 納得は、できてない。俺と赤也がわいわいふざけあってるのなんていつものことじゃん。いつもならみんなだって「やりすぎんなよ」って少しだけ口を挟むけど、なんだかんだ笑ってくれてるじゃん。今日はその「いつも」の中に少しだけ違う偶然が混ざっただけ。偶然部室の床に水がこぼれてて、気づかないで、追いかけあってて、赤也が踏んで、滑って転んで足を挫いちゃって。
 一番最初に心配したのだって俺。痛がる赤也にだってちゃんと謝った。どうしていいのかわかんなくてすぐに動けなくて、ただ申し訳なさでいっぱいになって、結局動けない俺に代わって赤也の足を冷やす水とタオルを持ってきたのはジャッカルだった。動かないんじゃなくて、動けなかったのに。誰にだってさ、そういうときってあるじゃんか。なのに、なんでみんなそういうふうに、お前の所為なんだからとでも言いたそうに、俺のこと見んの?第一、俺だけが、悪いの?なあ、どうなの?


「まあ、悪いのは丸井くん…というか丸井くんと切原くんだけど、他のみんなも酷いね」
「だろ?…なんで、こうなわけ」



 衝動で部室を飛び出したときにはもう泣きそうだった。なんで俺ばっかり責められなきゃなんないんだろ、どうせ俺の味方はいないんだろ、って。それで走ってたら偶然、隣の席のやつに会って。最近話すようになった、まあ、それなりにいいやつ。ぱちりと目が合って、「え、丸井くん部活は?」と聞かれたから、とりあえず全部話した。話したっていうか愚痴ったのかな。


 彼女の本心はわからない。もしかしたら、相手が俺だからそう言ったのかもしれない。もしもあの場に居合わせていたら彼女もまた、ああいう目をしたかもしれない。色んな想像が巡るけど、でも、例えば今だけの話でも、「他のみんなも酷いね」と同意してくれた彼女の言葉が俺の救いだった。そして、彼女の存在自体が、今の俺には嬉しかった。





「…確かに赤也の方が練習も一生懸命だけどさ」
「うん?」
「俺だって頑張ってるっつーの」
「うん」
「なんで、…」

 ここまで言って、自分がすっげえ子供っぽいことを言ってることに気がついた。慌てて口を閉じる。彼女は俺の表情を伺って、それから困ったような顔をして、そのあとに笑った。



「今度さ」
「?」
「部活、見に行ってもいいかなあ」
「へ?あ、うん?」
「部活っていうか、頑張ってる丸井くんを見に…っていうか」

 彼女がそんなこと言い出すとは思ってなくて。この場をやり過ごすための言葉たちかもしれなかった、いや、優しい彼女のことだからそれはないかな、どっちにしても俺に向けられたその言葉がどんどん落ちていく俺の気持ちを軽くした。
 ああそうだ。彼女は思い出したように呟いて、背負ったリュックの中からペットボトルのお茶を取り出した。


「さっき買ったんだけど、あげる。あ、まだ口は付けてないから大丈夫だよ」
「でも」
「いいよ、それ飲んで頑張って」
「…」
「ねえ、みんな心配してるよきっと」
「…してねえよ」
「してるよ。丸井くんは優しいから回りの人たちだって優しいでしょ?」
「…けど」
「戻ったら、もう一回切原くんに謝って、それでいいんだよ」



 頑張ってね、その言葉を残して彼女は帰ってった。なんでだろ、また泣きたくなってきた。でもさっきとは違くて、悔しくて悲しくて泣きたいんじゃなくて、もっともっと、今の俺の泣きたい理由は幸せな意味に包まれている。彼女はどうしてああなんだろう。俺はどうして彼女の言葉でこうなるんだろう。首を傾けて上のほうを向いてお茶を流し込む。ペットボトル越しの太陽が眩しかった。何かと似ている気がした。






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