「あいつらは何を考えてるんだか」


 俺たちの部長は誰もが思っていたまさにその言葉を、どんぴしゃに声にした。
 今日の部活は午前中だけの、さらに言うと参加は自由の自主練習の日だった。けれど俺たちはあくまで全国区のレギュラー、だから今日みたいな日も練習に参加するのが暗黙の了解みたいなものだったのだ。コートに集まったいつもの7人。…7人?「赤也となまえはどうした」と、弦一郎は辺りを見渡した。そうだ、大事なレギュラーと、大事なマネージャー、2人の後輩がいない。「ああ、今日は2人とも来ないって。それと、なんか部活が終わったら1時にいつもの公園に…だって」そう答えたのは精市だった。
 精市の言葉に俺たちは皆、首を傾げる。精市自身も、そうだった。「でもまあ、何か楽しいことを考えてるんじゃない?」「…今日の休みは叱れないしな」そう言葉を交わした精市と弦一郎にいつもの厳しさはなかった。結局、後輩思いの頼もしくて優しい奴らなのだ。仕方ない、俺も、後輩の企みに付き合ってやるか。「何を笑っているんだ蓮二」…いや、なにも。そう答えた俺だって、同じような顔をしていたらしい。






「ずっと思っていたのですが」


 ダブルスの練習後。水を飲みにやってきた水道にて、俺の姿をした柳生がふと思い出したように言った。
 いつもは、この水道にわざわざ来たりなんかしない。マネージャーのなまえがそれぞれのスクイズボトルにスポーツドリンクだったり、お茶だったりを用意してくれてるから。なまえが、いない。あいつらが入学してくるまでは当たり前のことだったのに。なまえが、いない。今となってはそのことが、気になって仕方ないのだ。
 切原くんとなまえさんはどうしてあんなに仲が良いのでしょうか、と柳生は言う。そんなの知らんぜよ、…答えたときの俺の顔は、もしかしたら不機嫌丸出しだったかもしれない。だから柳生は可笑しそうに笑った。「ねえ、仁王くん。今年は試しにお花見にでも誘ってみたらいかがです」「どうせみんなで行くじゃろ」「そうじゃなくて、別に2人で散歩するだとか」…見透かしたような口調だった。少しだけ睨むようにして柳生の顔を見ると、そこにあったのは楽しそうな、俺の顔。うわあ俺ってこんな顔しとるんか。嬉しいような嬉しくないような発見だった。それでも相変わらず、「俺」は楽しそうだった。






「さーて、どれにすっかなあ…」


 難しい顔でお菓子売場に仁王立ちしているのは、文字どおり仁王…ではなくて、ブン太だ。
 部活が終わって、いざ指示された公園へ向かおうとしたときにブン太の携帯には一本の電話が入った。それは赤也からで、用件はみんなで食べるお菓子を選んで来てほしい、と。めんどくせえと一度は文句を言ったブン太も、先輩頼むっす!と押されれば最後。仕方ねえなと笑うのだった。
 チョコレートにスナック菓子といろいろ抱えたブン太はふと呟く。あいつらってかわいいよな、と。あいつら、とは多分、今日の部活で顔を見なかった二人の後輩のことだ。「特に赤也はよ、さっきの電話とか絶対まじで頭下げてただろ、顔見えてないのに」確かに、想像がつく。素直で、俺たちのことを頼ってくれる後輩。なまえがいないからって明らかに元気が無い仁王も笑えたよな、なんてけらけらと笑ったブン太は楽しそうだった。会計をしようとレジに向かう途中で、俺は新発売と書かれたお菓子たちを見つける。「なあ、お前こないだこれ美味いって言ってなかったか?買わなくていいのか?」「あーいいよ、その辛いやつだろ?なまえが辛いの苦手だし」「ああ、そうだったな」「じゃあさっさと会計しちまおうぜい、ジャッカルが」…そこで俺はいつものように俺かよと叫ぶと、ブン太は楽しそうに笑って、それで結局は自分で会計をした。後輩たちは俺のことを苦労人だとか優しいだとか言うけれど、ブン太だって十分優しい奴だと俺は思っている。






「ゆっくりなんかしてらんねえって!」


 俺は幼なじみであり部活のマネージャーでもあるなまえを急かすように叫ぶ。
 外に出ると、まだ少し肌寒い感じもした。だけど今日は太陽が見えてて日差しもある。冬から春に替わる、まだ完全な春ではないけれど気持ちのいい日だった。俺たちは二人で用意した沢山のサンドイッチをラップに包んで、タッパーに入れて、リュックに入れて、背負って、走る。「あああ飲み物忘れた!」「馬鹿、先輩たちの部活終わっちまうって!」「赤也の方が走るの断然早いから、よし、取ってきて!」「はあああ!?」いっつもこんな感じだけど、偶に理不尽で俺の扱い方だって雑だけど、俺はなまえのことがなんだかんだ好きだ。ああ、好きってそういう好きじゃなくてさ。
 だから、昨日の突然の提案にもこうして乗ってやってるんだ。「公園の桜、ひとつだけ咲いてたの見つけたんだ」「へーえ」「だからさ、明日みんなでお花見したいなって」「は?」桜はまだまだ見ごろじゃない。だって、こいつが偶々、ひとつだけ、その花を見つけただけだから。まだ時機じゃない、これじゃあただのピクニックだ、そんな文句を口々に言う先輩たちの姿が浮かんだ。もう少しだけでも待ったほうが、と俺は言いかけたけど、止める。そんなところもお前ららしいよ、なんてわかってくれたようにいう先輩たちの姿も浮かんだから。「やるか!」と俺が笑うとなまえも笑った。それが、嬉しくて。俺は優しくなれた気がした。






 ぶわ、と風が吹いて私の苦労を無駄にした。後ろで赤也が笑ったのがわかった。私がせっかく敷いた大きなレジャーシートを風が舞い上げてしまったのだ。きっと大丈夫だと油断して、すぐに四隅に重たいものを置かなかった私が悪い。やり直しか、ともう一度レジャーシートを掴むと、赤也が私の持つほうとは反対側を攫った。こういうのは二人でやるんだよばーか、と歯を見せて笑った赤也。その肩越しに見慣れた姿があって、私は「あ、」と声をもらす。それに促されて赤也が後ろを振り向くのと同時に私は片手を大きく振って、大きな声を出すための分の春の空気を吸えるだけ吸った。



「みなさーん、こっちこっちー!」














あずさゆみ、は古文で「春」にかかる枕詞です。
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