すう、と息を深く吸って、吐いて。新しく買ったローファーのかかとをコツンと地面に打ち付ける。揃った私の足と、大きくそびえる校舎。今日は、入学式だ。 「…新入生か?」 ふと、低い声が聞こえた。そこに居たのは身長の高い男子。多分、っていうか絶対に先輩。「あ…はい」小さく笑うと、その先輩はすたすたと私のところへやってきた。 「まだ、新入生の集合時間ではないはずだが」 「…一番乗りしてみたくて」 「意味が、あるのか」 「…ないですね」 「…」 痛いところをつかれた。新入生の登校時間までにはあと一時間以上もあって。どうしよう暇だな。友達と一緒に来たわけでもなかった。なんとなく一番乗りしたい!と思っただけで何も計画性が無かった「高校生」になる前の私を恥じた。でも、なんとなくの中にも何かしらはあったはずだ。何だっけかなあ。私は何で一番に来たかったんだっけなあ。 「高校生って、やっぱり大変ですか?」 「まあまあ…だな」 「ちょっと不安なんですよね。勉強ついていけるかなとか、部活とか友達とか」 「ああ、そうだな…。だが」 「?」 大変なのも不安なのも今までずっと感じていただろう、って先輩は怖い顔をして言った。一瞬びくっとしてしまった私のことを先輩は見ていて、それから、慌てていた。 「脅すつもりではなくて、その…だな」 「何、ですか?」 「中学生の頃だってお前は、大変だったことも不安だったこともあっただろうが、乗り越えて来ただろう、と」 「…あ」 「そう励ますつもりで言ったんだ、すまんな」 大人だなあ、って、思った。 「先輩は良い先輩ですね」 「…何故だ?」 「一時間も早く来てしまった馬鹿な後輩の相手をして、しかも励ましてくれて」 「…」 「…大変なのって、当たり前ですよね」 そうだな、って先輩は笑った。あ、先輩の笑った顔初めて見た。案外かっこいいかもしれない。私先輩みたいになれますかね、って控えめに聞いてみたら、先輩はゆっくりゆっくり腕を組んだ。 「俺のように…?」 「はい、そうです」 「俺、か」 どうしてそんなことを呟いたのかわからない。そして、どうしてそんなことをしたのか分からないけれど、先輩は私の横に私と同じ方を見て立った。見えるのは、校舎。 「俺の一年は」 「?」 「勉強も部活も大変だった」 「…はい」 「だが、大変だった分…楽しさもあった」 「はい」 「俺は友人によく堅いだの怖いだのと言われるんだ、だから俺のようにはならない方がいい」 「あはは、そうなんですか」 「でも俺のような高校生活は送れるはずだ、お前だけではなく、皆」 本当にこの一年は楽しかった、と先輩は目を細めた。なんていうか、その仕草はとても綺麗だった。私も一年後、そんな表情が出来ていればいいな。勉強はついていけるだろうか、良い友達は出来るだろうか、スカートの折り目は変になっていないだろうか、好きな人は出来るだろうか、部活は何にしようか。私の体に渦巻く不安は大から小まで色々。でも、その向こうに、きっと。 「…あ!」 「何だ?」 「思い出しました、私、もし一番乗りだったらやりたいことがあったんです」 「やりたいことだと?」 校舎に向かって、頭を下げる。 「これから三年間よろしくお願いします」 ふっ、と先輩の笑う声が聞こえた。えへへ、と頭の位置はそのまま顔だけ先輩のほうを向くとやっぱり笑っていた。俺のようにはならない方がいいと言った先輩。でも、誰が何て言っても私は、こんな人になりたいかもしれない。 「ところで、」 「お前の名前は何だ?」 「…みょうじなまえです」 「俺は真田だ」 「真田先輩ですね」 満足そうに笑った先輩。堅いだの、怖いだの、本当かなあ。こんなに笑う先輩なのになあ。 「じゃあ、俺はそろそろ」 「あ、ありがとうございました」 「あと一時間頑張れよ」 「…。そうですね…」 また、一人の待ち時間。でも、寂しくはない気がする。一番乗りで良かった。そんな気分に浸ってるとふと何歩か歩いた真田先輩が振り返る。 「ああ、そうだ」 「どうかしましたか?」 「入学おめでとう、みょうじ」 ▽2011.04.07 びーこちゃん、入学おめでとう!新入生の皆さん、入学おめでとう!ちなみに私の弟も高校ではないけど新入生で、今日入学式でした。おめでとう! 真田くんイメージが大分違いますが、彼も普通の学生らしい学生だと主張(笑) |