Novel | ナノ

ぞわっとした。せっかく治まりかけてた鳥肌が再発した。真顔で、なんの躊躇いもなくそう言い切った仙蔵くんを私は呆然と見つめていた。頭の中に浮かぶのはただ一つの事実―――やべぇ、コイツも電波だ。

そう確信した瞬間、私の体は動いていた。パッと伊作くんの腕を離して二人から距離をとり、貼り付けたような笑みを浮かべて口を開く。

「いやー、実は私もそうなんじゃないかと思ってたんですよ。確認できて良かったです本当に助かりましたありがとうございます。じゃ、私これから世界を救う旅に出かけるんで失礼しますねサヨウナラ」

息継ぎもせず、まるで立て板に水を流すようにペラペラと適当な言葉を並べ立てた私は即座に踵を返した。なんでかって?そんなの逃げる為に決まってんだろバーロー。伊作くんの怪我だけは気がかりだったけど電波二人を相手にする気概なんて私にはない。無責任でゴメンね!

「だから、どこに行かれるおつもりですか」

「……元の世界に帰るために魔王を倒しに行こうかなーと」

すたこらさっさ、と逃げようとしていた私の腕は仙蔵くんによって呆気なく掴まれてしまった。やべぇ、逃げたい。

腕を掴まれた恐怖で冷や汗を流す私を見て、仙蔵くんは呆れたようにため息を吐く。

「魔王とやらが何かは知りませんが、どうやら衣織さんは御自身の状況をまだ理解していないらしい。この世界には空飛ぶ鉄の塊もなければ、ましてや遠く離れた人間と会話をする機械も、動く絵を映し出す箱も何もないんですよ」

「あの、」

「もちろん貴女の家族や知人だって一人もいません。この世界で異常なのは衣織さん、貴女の方なんですよ」

「あの、仙蔵くん」

淡々と話す彼を遮るように私は声を発する。なんというか、そろそろ居たたまれない気分になってきたのだ。見たところ仙蔵くんは私よりかなり若い。まだまだ将来のある身。これ以上、彼に黒歴史を作らせてはいけないような気がする。

「あのね仙蔵くん、今の話を君のご両親が聞いたらどう思うかな?きっとご両親は悲しむよ。そりゃ確かに現実は辛くて苦しい時もある。でもだからって妄想の世界に逃げてちゃあいけない。戦わなきゃ現実と!あ、あと気持ち悪いから早く手離して欲しい」

「…………ッ」

「せ、仙蔵!気持ちは分かるけど抑えて!ここは抑えて!」

「ねっ?」と励ますように言った私に仙蔵くんは拳を握りしめてプルプルし、伊作くんはそれを慌てて押し止める。怒るってことは、ひょっとして自分の発言が痛いって自覚が少しはあったのだろうか。だったらまだ仙蔵くんの未来も明るいかもしれないな。

伊作くんに宥められた仙蔵くんは握った拳を下ろし、スッと真顔に戻る。そして今度は疲れたようにため息を吐いた。さっきからやけにため息の多い人だなぁ。

「そんなに信じられないと仰るなら、衣織さん自身の目で確かめてみれば良いでしょう」

そう言うなり懐からクナイを取り出した仙蔵くんに私は思わず身構えてしまった。頭の可哀相な人と刃物の組み合わせ、ダメ、絶対。けれどそのクナイの矛先は私ではなく、森の茂みの一部をかき分けていく。仙蔵くんがクナイでばっさばっさと木立を荒らしていく様はとても恐ろしゅうございました……。

ひたすらクナイを振り回して環境破壊をしていた仙蔵くんだったけど、ようやく気が済んだらしい。また私の方に視線を向けた彼はやけに綺麗な笑みを浮かべて私を手招きする。

「ほら、その目で御覧になってください。この世界を」

「………………」

仙蔵くんの痛い発言になぜか私が恥ずかしい気分になりつつも、彼が示す方向を見た。どうやらクナイを振り回していたのは茂みを切り開いていたらしく、隙間から森の外側が覗けるようになっている。どうやら仙蔵くんはここから外を見てみろと言いたいようだ。

―――見たら適当な反応をして、さっさと逃げよう。そろりそろりと茂みの隙間に顔を近付けた私は、その光景を見るまでそんな呑気なことを考えていた。

「…………へ?」

けれど茂みに顔を近づけて森の外側を覗いた瞬間、私は間抜けにもぽかんと口を開いたまま固まってしまった。え、ちょっと、嘘、なにこれ。

「だから言ったでしょう?」

そんな私の反応を楽しむように笑い、仙蔵くんは言う。

ターミナルがない。空を飛ぶ天人の船がない。ビルもない。道が舗装されていないむき出しの地面のままで、その道の両端にはほとんど畑や田んぼしかない。家が全て木造で、遠くには見慣れた徳川の城とは違う、別の城がいくつもあるのが見える。……な、なんじゃこりゃあァァァ!?

「衣織さん、貴女のことは忍術学園が保護してさしあげます。大事な天女様ですからね」

すっかり固まってしまった私に、仙蔵くんは優しく微笑んで手を差し出したのだった。



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(その横で、何も言わずに俯いていた伊作くんがやけに印象的だった)


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