Novel | ナノ

  



旅籠屋を出た私達は、籠屋を利用して同盟国のニワタケ城とやらに向かうことにした。
馬が手に入れば馬が良かったのだが、いくら堺の港町といえども容易に手に入るものでもないので、馬を探して右往左往するよりかは籠屋で向かった方が結果的に早いだろうという結論になったのだ。

爺やに籠屋と交渉してもらってる間に私は六年生に「それじゃ見送りはここまでで良いから気を付けて帰ってね」と告げる。

すると六年生たちは「えっ」という驚きと困惑の混じった声を上げると「もちろん、我々も同行しますが」と答えた。

「えっ、いやいや危ないし学園に帰っといた方がいいよ絶対」

依頼を引き受けたのは私なのだから六年生を巻き込むつもりはない。殿様や爺やがなんと言おうが、彼らにはこのまま忍術学園に帰ってもらうつもりだ。そこらへんは私に賭けた以上、任せてもらわなきゃ困る。
けれど真剣な表情を浮かべた彼らはそろって首を横に振り、その提案を拒絶する。

「そうはいきません、衣織さんは我が忍術学園の大切な客人ですから。我々には衣織さんを守る義務があります」

「急にやりにくくなった……」

キリッとした表情の留三郎くんに私はしょっぱい表情を浮かべる。

殿様と爺やだけならまだしも、新八くんとそう年齢の変わらない子供を五人も引き連れて行くのはけっこうな重荷だ。
殺人もありうる今回の仕事に、子供を戦力に数えることはできない。それがプロの忍者と実力が変わらないと評される忍たまでもあったとしても。

それに、私が引き受けた依頼に六年生が巻き込まれたとあっては忍術学園に激怒される可能性もある。
「うちの子達に怪我させやがって!」と激怒されるのは御免だ。引率責任を取らされるのは勘弁してほしい。

そもそも六年生の力量はどれほどのものなのだろう。
もしも沖田総悟のように人を殺すことを何とも思わない精神破綻者かつ攘夷志士数十人を一人で相手しても生還できるほどの実力者ならば私も何も言わないが、六年生たちの普段の忍術学園での振る舞いを見るに、そんな感じでもなさそうだ。
まぁ、忍者は生き残るのが仕事と聞くので敵と刺し違えてでも倒すということはないだろうけど。……ないよね?

さらに言えば、忍術学園的に他国の城の内情に干渉するのはありなのだろうか。この若殿様が城を奪還できたなら良いが、奪還できずに兄が城主となれば、若殿様に協力したということで忍術学園とコウタケ城の関係が悪くなる可能性だってある。
この問題には非常にセンシティブな内容が含まれています。

とりあえず、六年生の中で一番好戦的ではなさそうな仙蔵くんをちょいちょいと呼びつけて小声でそこらへんを尋ねる。他の子だと好戦的すぎて脊髄反射的に「大丈夫っす!自分やれます!」とか答えられそうだし。
こういう時に私の中で一番信頼度のある伊作くんがいれば良かったのだけど。

「留三郎くんはああ言ってるけどさァ、本当のとこどうなの。忍術学園的に他国の内政に干渉するのはマズくないの?」

「コウタケ城は忍術学園から地理的に離れていますし、あの城主は温厚で戦も好まないと聞いています。忍術学園としては城主が変わるのは好ましくないでしょうから、協力するのは問題ないかと」

他の六年生から少し離れた場所でヒソヒソと話しかける私に、意図を察したのか同じようにヒソヒソと答える仙蔵くん。

ちなみに若殿様が私じゃなく六年生に依頼してたらどうするつもりだったのか尋ねると、そこは「いったん忍術学園に持ち帰って検討します」と答えるつもりだったらしい。ビジネスマンの常套手段である。

「じゃあ私が依頼を引き受けたのも問題ないんだ、それは安心したよ。もう一つ聞きたいんだけど六年生の実力的に今回の任務ってどうなの。多分兄が差し向けた追手が襲って来る可能性は高いし君らは来ない方がいいと思うんだけど」

私がそう言うと、仙蔵くんは少し驚いたような表情を浮かべて「本気で一人で行くつもりだったのですか」と口にする。
その言葉に私は思わず「ええ……?」と困惑した表情を浮かべてしまった。べつに体育会系の部活の顧問みたいに「やる気がないなら帰れ!」ムーブかましてるつもりはないので本当に帰ってもらって構わないのだけど。

「てっきり、我々が共に来ると思っていたから頼みを引き受けたのかと」

「思って、なかったねェ……」

思わず遠い目をしてそう言った私に、さらに驚いたような顔をする仙蔵くん。自分より歳下の子供の戦力を当てにして面倒ごと引き受けたりせんよ私は。

なんでそんな勘違いをしたのかは分からないけど、これはもしかしてアレかな。忍術学園って年功序列の思想が強そうだから歳上の私の手伝いをしないといけないぞ!って思っちゃったのかな。
だとしたらもう少し強めに帰れと言ってあげた方が良いのかもしれない。

「本当に、帰りなよ。後で学園長先生に怒られるのを危惧してるなら心配しなくてもここで君らに会ったことは言わないし。ちゃんとどこかのお城に就職しての任務ならともかくこんな行きずりの出来事で命のやり取りしたくないでしょ、君らも」

私としては、これは心底親切心から言った言葉だった。足手まといだと言えば好戦的な六年生のことなので逆に闘志を燃やされる可能性もある。
そのため、あくまでこんな面倒くさいこと関わりたくないでしょ?みたいなテンションで顔を立てつつ言ったのだ。

まさにかぶき町の聖女の名に恥じぬ言動をした私。それなのに仙蔵くんときたら、顔に暗い影を落とすと「先程から衣織さんの口ぶりは、まるで我々のことを稚児か何かと思っているようだ」と低い声で言う。

えっ、どこに地雷あった?

「そんなに我々の力量が不安ですか……ああ、そういえば衣織さんは今までの天女様と違って我々のことを知らないのでしたね。それならば不安に思うのも致し方ない」

「なんか急にめちゃくちゃ怒り出した」

態度こそ丁寧なものの明らかに雰囲気が変わった仙蔵くんに私は思わずその場から一歩足を引いた。
怒車の術を仕掛けたつもりはない。ないのだが、最近よく使っていたので無意識にムカつく言い回しでもしてしまったのだろうか。

どうしようどうしよう、と内心で焦る私の脳内にポンと現れたのは沖田総悟だ。「これはアレだ、きっとアンタの存在自体に腹が立ってるんでさァ。もうどうしようもねェからさっさと切腹しなせェ」おのれ精神破綻者め!

脳内に勝手に現れた沖田総悟を消し去っている間に、私達の間の不穏な空気に気付いたらしい六年生が近付いてきてしまう。そのまま回れ右して森へお帰り!

「どうした仙蔵」

「文次郎、どうやら衣織さんは我々の実力に不安があるので一緒には来ないで欲しいらしい。おまけに心優しい天女様は我々がこのまま忍術学園に帰っても会ったことは誰にも言わないでくれるらしいぞ」

仙蔵くんの言葉に信じられないといった表情で私を見る文次郎くん。おかしいな、私の優しさが曲解されてる気がするぞ。

「いやね、べつに子供扱いしてるとかじゃなくてね、こんなことで怪我するのは馬鹿らしいから君たちは帰りなさいっていう年長者からのアドバイスであってね」

「なはははは、衣織さんはやはりおかしなことを言う!私はいけるぞ、心配するな!」

「ほらぁ、予想通りの台詞出てきたもん。もう駄目だってコレ、駄目だってコレ」

笑い声を上げながら、私の予想通り「大丈夫っす!自分いけます!」ムーブをかます小平太くん。
緊張感のある空気の中で笑い声を上げてくれたのは助かるけど、その台詞からは不安しか感じられない。次は「24時間戦えます!」とか言わないだろうなコイツ。

「もそ………もそ……」

「衣織さん、長次が「そんなに危険と思うならむしろ人手は多い方が良いのでは。我々を帰すのは、城主のためにもならない」と言ってるぞ」

「通訳ありがとう小平太くん。なんで同じ言語で通訳が必要なのかはもうツッコまないからね私は」

私がそう言うと、長次くんは心得ていますとばかりに神妙な顔で頷いた。
分かってるならいいよ……。

もう色々面倒くさくなってきた私はわざと大袈裟に溜息を吐き、後ろ手に頭をかきながら態度を荒くする。

「べつに君らの実力を疑ってるわけじゃないって。忍術学園に侵入した曲者や暗殺者を君らが追い出してるのは何度も見たし、そんじょそこらの忍者や武士じゃ太刀打ちできないのは分かってるよ」

「だったら、」

「だからって、人を殺すかもしれない場所に喜んでガキども連れてくわけねーだろ」

ビクリ、と六年生の体が揃って揺れた。恐らく私の殺気にあてられたのだろう。
それでも小平太くんだけは、まるで何かを見極めるようとするようにジッと私の目を見ていたけど。

………もしも殿様が最初から六年生に頼んでいて、そしてそれを六年生が引き受けていたのなら私は何も言わなかったし、引き止めも心配もしなかっただろう。
それは彼らが殿様の依頼を引き受けることが忍術学園にとって必要なことと判断して引き受けたことを意味するのだから。
この世界で生きる彼らの、忍者の領分に首を突っ込む気はない。

だけど今の彼らは私が依頼を引き受けたから共に行こうとしているのだ。
それも、腹に一物抱えた状態で。

「忍術学園に忍び込んだ曲者を追い返すだけで済ませてやるような優しいガキどもはお呼びじゃねェんだよ。───ここからは侍の領分だ、分かったらさっさと帰りな」

「………我々は任務のためとあらば人を殺すことは躊躇しません。人を殺して罪悪感に苛まれるような時期はとうに過ぎた。むしろ心配すべきは衣織さんの方でしょう?平和な世界で生きてきた天女様に人を殺すことができるというのですか」

それでも引き下がらない仙蔵くん。彼は果たして気付いているのだろうか、その言葉に含まれる私を嘲る色に。

潮時か、と判断して私は口を開く。

「へェ、心配してるんだ。てっきりあわよくば私が襲われて死ぬなり傷付くなりして欲しいと願ってるとばかり思ってたよ」

その言葉に、サッと六年生たちの表情が青ざめる。

「何を……、そう思わせる言動をしてしまったのなら謝ります。我々が気付かぬうちに衣織さんに無礼な態度を取ってしまっていたのなら教えていただければ改善しますから、」

「答え合わせなんて今は求めてないし、私が君らを連れて行きたくない理由はそれだけじゃないよ」

仙蔵くんの言葉を途中で遮って、私は真っ直ぐ顔を上げる。
その視線の先にいるのは、留三郎くんだ。

前々から不思議に思っていた。思っていたけども私には関係のないことだと気にもしていなかった。
けれど、死地になるかもしれない場所へ行くと言って聞かないなら話は別だ。

私は留三郎くんの前までサッと近付き、その右手を掴み上げて、言う。

「君さぁ、クナイ握れないんでしょ」

「…………は?」

呆然とした表情を浮かべる留三郎くんに私は言葉を畳み掛けた。

「恐怖心か、何らかのトラウマか。他の武器は大丈夫みたいだけどクナイを握る時だけ震えてんだよ、君。特に人に向ける行為が無理みたいだねェ。忍者としては致命的だ。そんな状態の子供を危ない場所へ連れて行くことはできないよ」

何度も何度も、屋根の上から忍たま達が曲者や暗殺者を追い出す様を見ていた。何度も、何度も。手の内を隠そうともせず意気揚々と戦う忍たま達を私は見ていた。
それだけ見ていれば嫌でも忍たまの戦い方のクセに気付く。そして、異常にも。

彼の得意武器である鉄双節棍を使っている間は何も問題はなかった。
さながらジャッキー・チェンの映画のように見事な身のこなしで武器を扱う彼に感嘆の声を漏らしたくらいだ。

だけどクナイを使おうとした瞬間にその異変は起こった。懐からクナイを取り出そうとした彼は、突如起こった手の震えにより上手く掴むことができず断念する。
結局、反撃の機会を逃した彼は敵の攻撃を跳躍して避けると手裏剣を投げることによって対応した。

それは些細な異常。もしも屋根から見ずに共に戦っていれば見逃していたかもしれないほどの違和感。

けれどそれは、私には見覚えのある違和感だった。

「………攘夷戦争で同じようになった奴を見たことがある。初めて人を斬った若い男がそれから刀を握る時に震えるようになってねェ。結局ソイツは故郷に帰ったよ」

話しながら、もう名前も顔も思い出せない昔の仲間に私は思いを馳せる。
刀を持って攘夷戦争に参加した全ての志士が銀ちゃんのように獅子奮迅のような戦いをできたわけではない。それまで剣術道場でしか刀を振るったことのない人間が意気揚々と攘夷戦争に参加してみれば、骨肉を断つ行為に堪えられず刀を握ることができなくなるというのは何度かあった。

それを上回るほどの信念があれば乗り越えることもできたかもしれないが、休まる暇もなく続く戦闘の中では乗り越える前に死んでしまう可能性の方が高く。

そして心半ばで諦める同志達を、私は何度も見送った。

ささやかな送別会を開いたこともあるし、仲間に申し訳が立たないからと夜中にこっそり去るのを見送ったこともある。
留三郎くんの挙動は、そんな彼らによく似ていた。

可哀想に、と心の中で私は呟く。

「戦場ではより早く相手を肉塊にした方が勝つ。一瞬でも迷えば肉塊にされるのは自分の方だ。ましてや忍者の基本的な武器であるクナイを使えないとあっちゃ今後の身の振り方すら考えた方がいい」

はっはっ、と過呼吸のように息を荒げる留三郎くんの腕を離し、私は踵を返す。「そういうワケだから、君らのことは連れて行くわけにいかないよ」そう言って爺やと殿様の元へ歩き出そうとする私の腕を掴む誰か。

振り返れば、真っ青な表情を浮かべた文次郎くんが私の腕を掴んでいた。

「何?まだ何かあんの?」

「………一体、貴女はどこまで把握しているのですか。我々だって留三郎のことには今の今まで気付かなかった。それに先程の口振りはまるで何らかの戦に参加したことがあるかのようだ。天女様の世界は平和なはずなのに、一体どういうことですか」

「聞いていいの?」

この時の私は珍しく結構キレていた。
殿様の一世一代の大博打。そこに水をさすような真似をされるかもしれないとあれば、私だって黙っちゃいない。

「私が平和な世界からきた呑気な天女様でいた方が、君らも嫌いやすいでしょうに」

「………………っ」

力が抜けたように私の腕から離される手。愕然とした表情を浮かべる文次郎くんをジッと見ながら私は駄目押しとばかりに、さらに言葉を紡ぐ。

「それとも同情しやすいように悲しい過去でも言ってあげようか?どうせ君ら、私の世界について知りようがないもんね。私がやんごとなき大名の姫だと嘯こうが悲劇の生活を送ってきた孤児だと嘯こうが、君らには真偽の判断のしようもない、なんなら君らに選ばせてあげたって良いよ」

いよいよもう何も答えられなくなった六年生を見て私は疲れたように溜息を吐く。
言い過ぎたな、とは思った。脳内にポンと現れた松陽先生が「めっ!」と叱ってくるに、あまり良くない行為だったのだろう。ごめんなさい先生!

「………あんまり大人げないのも悪いし、妥協案は出してあげるよ。そこまで一緒に来たいなら籠屋で付いてくると良い。私が二台ほど手配しといてあげる」

「えっ、いいのか?」

一人だけこの状況に全く気にした様子もない小平太くんに、私は力なく頷く。こいつどうやったら落ち込むの?

「ただし私と殿様達の籠とは目視できないほどの距離を保つこと。もし私達の籠が目視できたら、それは私達が襲われるなりして進めなくなってるってことだから離れた場所から様子を伺って、可能なら殿様を連れてその場を離れること」

「なんだ、加勢したら駄目なのか」

残念そうに呟く小平太くんを無視し、私は遠くから手を振る爺やの元へと向かう。交渉はとっくに終わっていたらしく、私が籠に乗り込むと爺やに「何をしておったのじゃ!」と怒られてしまった。

「結局、六年生は来ないのですか?」

「ごめんね、竹光様からしたら戦力は多い方が良かったかもしれないけど、私としては連れて行く気にならなくて」

私がそう言うと、殿様は全く気にしていないといった様子でニッコリ微笑み「私は衣織さんに賭けたのですから、その衣織さんの判断を信じますよ」と言ってくれた。
できた殿様である。ここまで温和な殿様なら爺やだけじゃなく付いてきそうな家臣もいそうなものだが。

「しかし衣織さんが籠を二台ほど手配しているのが見えましたが、あれは六年生用の籠ではないのですか?」

「六年生用だよ。でも行き先は別のところを頼んどいた」

「別のところ?それは一体?」

首を傾げる殿様に、私は菩薩のように優しい笑みを浮かべて、答える。

「男が落ち込んだ時に励ましてもらう場所なんて決まってるでしょ───遊郭だよ」

私がそう言うと、側で聞いていた爺やは「いいのう、わしも若い頃はお気に入りの太夫がいたもんじゃ」と言い、殿様は笑顔で「わぁ、衣織さんは優しいですね!六年生の皆様もきっと喜ばれると思います!」と言ってくれた。

そうでしょうそうでしょう、と私が得意気に頷く中、籠は出発したのだった。

六年生のみんな、私が選んだ遊郭気に入ってくれるといいな。

醜女と人妻と緊縛で売れてる遊郭。






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(ちなみに殿様に好きな性癖は?と聞いてみたら照れながら「熟女、ですかね……」と答えてくれた)





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